【こぼれ話】証言

 ミツキが小学2年生に進級する直前の春休みのこと。

 リオを連れて小学校に隣接する公園に遊びに行った。公園にはミツキもいて、10人ほどの友だちと共に遊んでいた。

 ミツキたちは、二手に分かれて鬼ごっことかくれんぼを混ぜたような遊びをしていた。ミツキは追われる側のチームで、大声でギャーギャー言いながら逃げ回っていた。

 しばらくして鬼の追跡から逃れたミツキは、子どもなら余裕で2人は入れる程度の大きさの箱形遊具の中に隠れた。箱の壁のうちの1つには大きな丸い穴が開いていて中が見える。

 リオが箱の中にいるミツキに気付き、箱の丸い穴に近づいていった。鬼から逃れたミツキは緊張感が溶けたようで、落ちていた棒で地面に絵を描いていた。

 そこに同じ追われる側のTくんが、追っ手を逃れて走り込んできた。ミツキは暢気に絵を描いている。

「鬼が来ちゃうぞ」

 Tくんがミツキに危機感を持たせようと、棒を取り上げようと手を伸ばした。それに気付いたミツキはTくんの手を払いのけようとした。ところが、その手がTくんのこめかみの辺りに当たってしまった。

 「痛い!」と言って俯くTくん。驚いて「わっ、ごめん」と叫ぶミツキ。一部始終見ていた私も慌てて駆け寄った。

「Tくん、大丈夫? ごめんね。どこに当たったの? 見せてみて」

 Tくんは泣いていて顔を上げない。私はタオルを水で濡らし、患部に当てようとしたがTくんはどうにも動かなかった。

 異変に気付いた友だちが集まってきた。

「どうしたんだよ」

「オレの手がTに当たっちゃったんだ」

「T、大丈夫か?」

「葉野、謝ったの?」

「もう、あやまったよ」

「もう一回謝れよ」

「T、大丈夫? ごめんね」

「T、葉野が謝ってるぞ」

 Tくんがコクンと頷いた。

「じゃあさ、握手しろよ」

 ミツキが手を差し出した。Tくんもイヤイヤだが手を差し出し、握手をした。

「じゃあ、続きやろうぜ」

 ミツキとTくんを残して、散り散りに走って行った。

 子どもたちの様子を見ていた私は、小2ともなるとトラブルを自分たちで解消できるのだと、ただ驚みながら見ていた。

「Tくん、まだ痛い? ちょっと見せてくれないかな?」

 私は何度もTくんに問いかけたが、Tくんは膝を抱えて丸まりびくともしなかった。もう泣いてはいなかったが、まだ痛がっているのか、拗ねているだけなのかよく分からなかった。

 しばらくして、拗ねているだけだろうと判断したミツキは、鬼ごっこの輪に戻っていった。

「Tくん、お家にお母さんいるかな? 一緒に行ってお母さんに見てもらおうか?」

 何度となく問いかけたが、全くの無反応だった。仕方ないので気持ちが落ち着くまで待つことにした。

 そのとき、大きな泣き声が聞こえた。1人で遊んでいたリオが、転んだのだ。慌ててリオの方に私は走り寄った。

 リオを立たせ、手と膝に付いた土を払い、Tくんの方を振り向くと、もうそこにTくんはいなかった。

「あれ? Tくんは?」

 近くにいた子に尋ねた。

「今、チャイムが鳴ったから帰ったよ」

「え? チャイム?」

 時計を見ると4時半だった。3月いっぱいはチャイムは4時半に鳴る。

「あ、そうか。今日までは4時半だね。Tくんどんな感じだった?」

「下向いてたからわかんないけど、拗ねてるだけじゃん?」

「それならいいんだけど……」

 

 2年生に進級して初めての保護者会の帰り道、Tくんのお母さんに呼び止められた。Tくんのお母さんとはこのときが初対面だった。

「春休み中にうち子とミツキくんが、派手なケンカをしたみたいなの。うちはお兄ちゃんもいるから男の子同士だと、そういうこともあると分かってはいるんだけどね。でも、ちょっと怪我が大きかったから葉野さんにも話しておいた方が良いと思って」

 春休み・怪我のキーワードですぐに3月31日のことだと思った。けれど、あれはケンカじゃない。

「あの、3月31日に学校の隣の公園で遊んだときのことですか?」

「そう、春休みに葉野くんと遊んだのはその日だけだったと思うから。家に帰ってきたら、こめかみが腫れていて、聞いたら葉野くんと殴り合いのケンカになったらしくって。何日か痣が消えなかったの」

「そうだったんですね。本当にごめんなさい。実は私、その現場にいたんです。Tくんは痛がっていて……。私がすぐにTさんの家に連絡すべきでした。ごめんなさい。でも、ケンカではないんです……」

 私はことの顛末を詳しく話した。Tさんが「そうだったのね」と言って納得してくれたので、私は心底ホッとした。

 私は自分の判断の甘さを悔いた。やはり連絡すべきだったのだ。子どもが怪我をして帰ってきて、Tさんは不安と怒りでいっぱいだっただろう。

 Tくんにとってあれは、殴り合いのケンカに感じていたのだろうか。何かことが起きたとき、一方の証言だけでは不十分だと再認識した。

 ミツキやリオの話も全てを鵜呑みにしないようにしようと、肝に銘じた。

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