家出②

 ミツキが夫の制止を払って逃げたと聞いて、今晩は帰ってこないつもりなのだなと覚悟した。当然心配だが、身の安全が確保できているのであれば、これは必要な家出だと私は思っていた。

 私はミツキの行動を推理した。

①行動を共にする友人がいた場合

  →羽目を外す可能性がある

②共に行動する友人がいない場合

  →安全な場所で朝を待つだろう

③友人宅に泊めてもらう可能性は低い

  →自分から頼むことはない

  →進められても断るはず

 この時点で行動を共にしている人物がいるかを調べる必要があった。私は、ミツキと接触しそうな友人のお母さん数名に連絡を取った。みんな一様に驚いていて、もしミツキが接触してきたらすぐに連絡すると言った。

 ちなみにミツキには、当時携帯電話を与えていなかった。

 誰とも行動を共にしていないと言うことは、安全な場所を探して過ごしているのだと、私は自分に言い聞かせた。危機管理能力が備わっている子だから大丈夫。ミツキに夜の街を1人でぶらつくほどの勇気はない。そこまでアホな子ではないと必死に思おうとした。

 夏とは思えないほどの涼しい夜が、やっと明けた。半袖では夜通し寒かったことだろう。

 朝8時。望月くんのお母さんから電話が入った。

 望月くんとは、小学校6年間同じクラスだった子で、低学年のころはミツキと仲が悪かった。小学1年生のとき、我が家では語り草になっている「消しゴム事件」が勃発。ミツキの黒歴史となっている。ところが、6年生のときに2人は意気投合。中学校は別々になったが、休日にはよく遊んでいた。

「ミツキくん、少し前に家に来たみたい」

 望月さんの話によると、新聞を取りに外に出た望月くんの弟が家の前にいるミツキと遭遇。「兄はまだ寝ている」と伝えると「昼ごろまた来る」と言って去ったとのこと。

「私はこれから仕事で出るけど、ミツキくんが来たら、うちの子から私に連絡がくるから、葉野さんにメールするね」

 望月さんのおかげで、ミツキの無事が確認できて心底ほっとした。

 この日の補習授業を欠席するに当たり、担任の木本先生に連絡をした。前日の学校での藤田先生との一件から家出までの顛末と、帰宅はしていないものの、安否の確認は取れている旨を伝えた。また、部活も休むことは、木本先生から野球部顧問の寺田先生に伝えてくれることとなった。

 昼ごろ、望月くん・野島くんと合流したとの情報が入った。3人でいたのは、野島くんが部活に行く前の1時間ほどだった。

 望月さんや野島さんの情報から、ミツキが近くにいることは分かっていた。迎えに行って無理やりにでも連れて帰ることも考えた。しかし、それでは意味が無いような気がして行動に移せなかった。

 こんなとき、親は普通どう行動すべきなのだろうか? 普通がよく分からなかった。家出は、一晩で十分だった。誰とも接触せずに、1人でひっそりと夜を過ごしたのだろう。反省しているかどうかはともかく、ミツキなりの何かを感じたに違いない。あとは、ミツキが自分から家に帰ってくれば、何も言わずに家に入れようと思っていた。

 しかし、刻々と時間は過ぎ、夕方5時を過ぎても帰らなかった。まだ十分外は明るかったが、日が暮れたらミツキも帰り辛いだろうし、私も怒りがぶり返しそうだった。そのとき、担任の木本先生から電話が入った。

「葉野くんは、帰りましたか?」

「いいえ。まだです」

「では、これから探しに行きます」

「あ、先生大丈夫です。居場所はだいたい分かっていて、私も今、家を出ようとしていたところなので」

 まずい。先生が先に動いてしまった。私は慌てて、目撃情報のあった公園へと向かった。

 公園に着くと望月くんが1人でベンチに座っていた。

「もっちゃん。あれ? ミツキは?」

「あ、すぐに戻ると思います」

「もっちゃん、ミツキに付きあってくれて、ありがとう。お母さんにもよろしく伝えてね」

 望月くんと話していると、ミツキがのん気に公園に入ってきた。そして、私を見てギョッとして立ち止った。

「ミツキ、もう帰るよ。家族だけじゃなく、学校の先生や友だちのお母さんたちまで心配してくれているんだよ」

 ミツキの方に話しかけながら近づいた。

「葉野くん! 」

 公園の向かい側の道路から女性の声が聞こえた。目を向けると、木本先生が立っていた。私とミツキが同時に先生の方に体を向けると、先生の視界に私も入ったようで、一気に安堵の表情になった。

「葉野くん、無事だったんだね。よかった」

「木本先生、ありがとうございます。お騒がせして申し訳ありません」

「無事だったら、それでいいです。葉野くん、お母さんと帰りなさいよ」

 木本先生と望月くんに礼を言って公園を後にした。

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