葉野ミツキの育て方

そんなトリセツ、あったらいいのに

【こぼれ話】夏の香

 長い梅雨がやっと明けて今年も夏がやってきた。新型コロナウィルスの影響でいつもの夏とは大きく違うが、それでもやっぱり夏は好きだ。今年は旅行も帰省もするつもりはない。それでもなぜかワクワクする。

 4歳から11歳までは、習っていたモダンバレエの発表会。中学では部活と受験勉強、高校も部活、短大はバイトと再度始めたモダンバレエの発表会、その後も結婚するまでバレエを続けた。私にとって夏と言えば、何かに集中的にチャレンジするワクワクする期間で、その感覚が今も体に染みついている。

 数々の夏の思い出の中で「夏の香」として生き続ける思い出がある。それは高校での部活の合宿での出来事だ。

 

 高校に入学した私は、ほんの気まぐれで女子バレーボール部のマネージャーになった。夏休み直前になって、夏合宿について驚きの全貌が明らかになった。

 まず、夏合宿を学校で行うことに驚いた。しかも、寝泊りするのは普段使っている教室だ。机を並べて舞台状にし、その上に布団を敷いて寝るのだと知ったときの衝撃は今も忘れない。

 シャワーは、プールのシャワー室を使用。食事は保健室に置いてある小さなコンロでマネージャーが3食作るのだ。

 これが授業料の高い私立高校の合宿の実態とは信じられない。

 3年生のマネージャーの先輩は引退済み。2年生にはマネージャーはおらず、1年生の私が唯一のマネージャーだ。まさか、たった1人で部員30人分の料理を切り盛りするとは思いもしなかった。しかも、1日3食、2週間も。

 私は小学3年生から家事を手伝ってきた。家族全員分の布団の上げ下ろし、掃除、風呂の準備、洗濯物たたみ、食器ふき。しかし、母は料理だけは手伝わせようとしなかった。

「台所は女の戦場。戦場に武将は2人いらぬ」

 これが母の口癖で、足軽の私は後片付け専門だった。

 なんだかんだ言っても、合宿中は誰か手伝ってくれるだろうと思っていたが、本当に1人だった。何を作ったらよいのか、どうやって作ったらよいのか分からない。料理初心者なのだ。体育館の地下にある購買部横の赤電話から、メモを片手に何度も母に電話をした。

 私も辛かったが、きつい練習に耐えて疲れているのに、私の手料理を口にする部員たちも辛かったと思う。それでも、誰も文句を口にはしなかったが、なんとなく殺伐とした雰囲気がいつも漂っていた。

 合宿も半ばを過ぎたころ、八百屋を営んでいる同級生の父親が、大量の桃を差し入れてくれた。その日から、食事中の雰囲気が和やかになった。

 部員も監督もコーチも私も、朝昼晩と3食、各自1つずつに桃が配られた。私たちは皮も剥かずに夢中でかじりついた。

 部活初日に1人1枚ずつ差し入れでもらった真新しいハンドタオルで、腕をつたう桃の汁を拭った。合宿が終わるころには、どんなに洗っても、タオルには桃の香りが残った。

 今でも桃見るだけで、ふとタオルにしみ込んだ懐かしい夏の香を思い出す。

 

 ミツキやリオにも夏に、何かに熱中してもらいたいが、今年はなかなか難しい。

 ミツキが小学校のころはキャンプや野球。中学校も野球をがんばっていた。高校ではバトミントン部に入部した。しかし、活動的な部活ではなかったようで、いや、ミツキ自身も活動的でなかったゆえに、昨年の夏の終わりには辞めてしまった。そして、今年は「何かしなくては」と思ってはいるようだが、何もしていない。非常に残念だ。

 机の上に「人生設計」と書かれたB6版のキャンパスノートが置いてあるが、中身はまだ白紙だ。一刻も早く、このノートに夢の1つでも書き込まれることを願っている。

 とにかく何でもいいから何か「やる」ことが大事!

 リオは今年中学生になり、夏休みを部活に捧げるはずが、このご時世ではそうもいかない。水泳部に入部したものの、今年は学校のプールは中止なのだ。

 ウィルスのせいにして文句ばかり言っていても始まらない。ピンチはチャンス。ミツキとリオが、何か熱中できることを陰ながら提案していきたい。

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【こぼれ話】不器用ママ

 私は加工された甘いものが苦手だ。フルーツそのものの甘さが一番おいしいと思う。そもそも我が家には砂糖がない。砂糖がなくても、料理はみりんで十分だと思う。

 私にとってちょうどいい加工された甘いものといえば、ロッテの『小梅だより』とミナツネの『あんずボー』だ。この2つは、できれば常備しておきたい。

 唯一おいしいと感じる洋菓子は、バームクーヘンかスコーン。これ以上の甘いものを口にすると、後頭部の辺りがぽわーんとしてきて、体がだるくなるのだ。

 小さいころからこんな調子の私は、お菓子作りをしようとも思わなかった。

 ミツキの幼稚園時代、女の子の親子を見ては、バレンタインデーは大変そうだと危惧していた。多くの母娘が2月に入った途端にソワソワしだし、バレンタインデー当日の幼稚園のお迎え時には、あちらこちらで手作りの義理チョコ配りが始まる。中にはケーキを焼いてくる母娘もいた。

 ミツキにいただけるのはとてもありがたいことなのだが、ホワイトデーのお返しのことを考えると頭が痛かった。男の子もお返しは、ママの手作り菓子率が高い。

 私は悩んだ結果、買ったもので済ませた。結構な人数にお返しをするので、ホワイトデー仕様のお菓子を買ったら高くつく。中身が個包装の大袋のお菓子を数種類購入して、それをかわいい袋に詰め替えて人数分用意した。

 このラッピングにしても、私が針金リボンで口をするとなんだかショボくなった。

 ちなみに数年後、ミツキの野球関連でお菓子詰め作業をしたときも、私以外のお母さんと私の袋詰めでは出来映えが歴然としていた。

 リオが幼稚園にあがったら面倒なことになりそうだと思っていたが、予想よりも早くそのときがやってきた。

「パパとミっちゃんにチョコレートを作る」

 当時リオは3歳。どこでそんな情報を得たのか不思議に思っていると、プリキュア目当てで買った講談社の『たのしい幼稚園』にチョコレートの飾り付けが載っていた。チョコレート=バレンタインデーとは分かっていないようだが、異性に作ってあげたいという女心は、3歳でも芽生えているのだ。

 まだ早いよぉ。つくづく面倒なことになったと思った。しかし、リオの希望とあらば、ひと肌脱がない訳にはいくまい。

 まずは形から。ミッフィー柄の子ども用のエプロンを購入。リオは、くるくると回って見せた。なんて愛くるしいのだろうか。

 チョコレートを湯せんで溶かして無塩バターと合わせ、プラスチック製のカラフルなスプーンに流し込み、最後にカラースプレーで飾りつけをして出来上がり。いたって簡単。

 ……のはずが、私がスプーンを並べているうちに、リオがチョコレートを舐めてしまったり、スプーンに流し込んだチョコレートが溢れてしまったりとバタバタし通しだった。

 一番大変だったのが飾りつけで、どうも上手くいかない。センスがないのである。

 普段の料理も、どうも盛り付けがイマイチである。以前、私としてはおしゃれなレストラン風のつもりで、いろいろなハーブとレタスを混ぜて大皿に盛り付けたのだが、「なんだか草食わされる感じだな」という夫の言葉に玉砕したことがある。

 リオと私渾身のチョコレートを、我が家の男性陣は、とても喜んでおいしそうに食べてくれた。リオもご満悦である。それからというもの、クッキー、ドーナッツ、パン、キャラ弁とどんどん要求が増加した。

 リオのためとがんばっていたが、どうしても上達しない。まず、材料の計量がどうにも苦痛なのだ。菓子類は、普段の料理のような目分量では上手くいかない。今回はしっかりと計量するぞと息巻いて始めるのだが、途中でプチッと集中力が切れて「おりゃー!」と材料を加えてしまった。

 出来上がるころにはヘトヘトで、その後グッタリと横になる始末。

 リオはそんな私を見かねて、私でなく夫とお菓子作りをするようになった。夫はクレープ作りが上手かった。

 幼稚園に入ったリオにキャラ弁も頼まれた。

 一応努力はしたけれど、やはり無理な話だった。だって、そもそも私が描く絵は、絵心ない芸人並みなのだ。できるわけがない。

 キャラ弁は、ミツキが幼稚園のころから少しずつ流行りだした。ミツキからの要求がないのをいいことに、私はお弁当の話題に触れないように2年間をやり過ごした。だが、頭の片隅にはいつもキャラ弁という言葉がチラついていた。

 そして、幼稚園のお弁当最終日。

「ミっちゃんはキャラ弁作って欲しいと思ったことある? ママ、上手にできる自信なくて作ってあげられなくてごめんね」

 白々しく詫びてみた。

「ママのお弁当はおいしいし、いつもきっちりきれいに並んで入っているから好きだよ。それに、食べ物にベタベタ触られるのは好きじゃないし」

 ヘンなところに潔癖症のミツキらしい返答だ。私はこのミツキに返答に大いに励まされた。おいしく作って、きれいに並べればそれでいいのだ。

 小学生になったリオは、1人でバレンタインチョコ作りをするようになった。基本、私は手伝わないのだが、なんだか気ぜわしい。

 そして、小6のバレンタイン。友だち同士で「チョコ作りは飽きた」という結論に至ったらしい。みんなで買ったものを交換していた。

 ついに私に安穏が訪れた。

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【こぼれ話】100ひく90は

 リオが小学1年生のこと。リオは浴室に入っても自分では頭も体も洗おうとせずに、いつも湯気で曇った鏡に絵を描き始める。私に今日一日のできごとを絵で説明してくれたり、自分で考えたお話しを絵とともに聞かせてくれたりする。それを聞きながら私がリオの頭の天辺から足の爪の先まで丁寧に洗う。小学1年生なのだからそろそろ自分でやるべきと思いつつも、話しを聞いているうちに洗ってあげてしまう。

 ある日のこと、いつものように話しに耳を傾けながら頭を洗ってあげていたが、聞き捨てならない話の展開に手が止まった。

「このお店の行列は100人、こっちのお店の行列は90人。その差は1でした」

「リオちゃん、100ひく90は1じゃないよ」

「あ、そうか。えーとなんだったかな」

 以前から気になっていたのだが、リオもかつてのミツキのように数の概念がしっかりと理解できていないようなのだ。普段の学習の中では問題視するほどではないのだが、繰り上がりの足し算や繰り下がりの引き算で、何問かに1問は手を使って答えを導き出している。繰り返し演習すればそのうちできるようになると思って様子をみてきたが、あとひと月で2年生になるというこの時期にこのつまずきは何とかしたい。私の教えたいスイッチがオンになってしまった。

「リオちゃん、90から100まで数をかぞえてごらん」

「91、92、93、94……100」

「どうだった? いくつあった?」

「10」

「そうだよね。90から100までは10あったよね。ということは、100ひく90はいくつかな?」

「わからない。19かもしれないし、9かもしれない」

「ちょっと、なんでそんなおかしな数字が出てくるの?」

 すっかり表情の暗くなったリオの頭と体をぞんざいに流し、湯船に2人で入った。

「あのね、90から100までは10ありました。今ここに出てくる数字は90と100と10だけだよ。100ひく90はいくつ?」

 表情をこわばらせ、私から目をそむけようとするリオの顔を強引に私に向けた。

「ママの話しをしっかりと聞けば分かるはずだよ。リオはママの話しを聞こうとしないから分からないの。よく見て。ママの人差し指が100。中指が90。薬指が10。この3つしか数字は出てこないよ」

 私は指を1本ずつ折り、薬指をよく見せながらリオに詰め寄った。

「100から90取ったら何の数字が残る?」

 算数と無関係の無意味な誘導質問だと頭では分かっていたが、どうにも止まらなかった

「10でしょ!」

 顔全体をパンパンに膨らませ、怒りに満ちた顔のリオは、次の瞬間ザブーンと湯船に潜った。息の続く限り潜り、水中で暴れ、苦しくなると一瞬だけ水面に顔を出しては大きなしぶきをあげてまた水中に潜った。何度も何度も。

 さすがに疲れたのか潜るのをやめると、両目から洪水のように涙を流し、くしゃくしゃのなんとも悲しげな表情で言った。

「今日もママに楽しいお話を聞かせてあげたかったんだ。なのに、ママは急に算数の問題を言いだして! リオちゃんはそんな問題やりたくなかった。今はそんな時間じゃないのに。ママは、ママの話しをちゃんと聞かないからダメっていうけど、ママが先にリオちゃんの話しを聞くのを止めて、自分の話しに変えちゃったんじゃないか。20たす30は50、100たす100は200、500たす300は800だってちゃんと分かるんだ。それでいいじゃないか!」

 だいぶ簡単な計算問題に置き換えたなとは思ったが、それを言っては元も子もない。

「そうだね。リオちゃんの言う通りだね。先に話を遮ったのはママの方だね。本当は楽しいお話をしたかったんだよね。ママが悪かった。リオちゃんごめんね。リオちゃんはもうこんなに自分の気持ちをしっかり言えるようになっていたんだね。ママ、驚いた。とても立派だね」

 人見知りが激しく、いつもシクシクと泣いていた子が。公園で大勢の子どもたちが群がる滑り台に並んではみたものの、後ろからどんどん順番を抜かされ、まるで係員のようになっていても何も言えなかった子が。舌ったらずで、いつまでも赤ちゃん言葉が抜けなかったり、じゅうたんを「のんたん」と言い間違えたりしていた子が。

 リオがこれほどまでに自分の気持ちをストレートに吐き出せる子とは思ってもみなかった。「100ひく90は10」というあたりまえの答え以上のものを私に気付かせてくれた。

 ふと、リオを見ると、さっきの涙はどこへやら、晴れやかな自信に満ちた表情になっていた。

 とは言うものの、やはり数の概念のことは気になった。後日、かつてミツキに数の概念を教えたときに使った「つくばのトロール先生考案の数タイル」を棚の奥から引っ張り出し、リオにも改めて教え直した。

 リオもすぐに理解を深めたのでホッとした。

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【こぼれ話】リオ 自我の目覚め

 リオが自我に目覚めたのは、6歳の誕生日だった。

 それまでは存在感満載お祭り男のミツキに振り回されて、リオ自身の感情は滅多に表にでなかった。リオはもっと自分の感情を出して図々しくなるべきだと、私は思っていた。

「いいよ。ミっちゃんにあげる」

「いいよ。ミっちゃん先にやって」

 そう言ってなんでもミツキに譲ってしまう。私が2人を平等に扱おうとしても遠慮する。

「あ、そう。じゃあミっちゃんからね~」

 ミツキは、超オレ様態度でリオの好意を当たり前のように受け取る。

「ちょっと! ミっちゃんたまにはリオに譲ってあげなさいよ」

 そんなとき、リオは少しだけうれしそうな顔をした。

 私は、リオに感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。いつもミツキのお付き合いばかりだからだ。幼稚園の送迎に始まり、習い事の付き添い、私が小学校のPTA活動に参加すればそれのお付き合い。行きたくもない場所に連れて行かれ、長時間拘束され、静かに待っていなければならないのだ。

 ミツキが小さいころは、1日中ミツキのやりたいことで溢れていた。それに、ミツキにリオのように振舞えと言ったところでできるはずもない。

 だから、私自身できるだけリオ中心の時間を作るよう心がけていたし、できることならミツキがもう少しリオに気遣って欲しいとも思っていた。

 それなのに、ミツキはリオの主役の日でさえ存在感をグイグイ出してきた。

 リオの主役の日。それは誕生日。リオは幼稚園年少5歳の誕生日まで、自分が主役であると気付いていなかった。なぜなら、存在感満載お祭り男のミツキがMAXではしゃいでしまうから。

「いやー、リオ、めでたい、めでたい」から始まり、グイグイ前に出てくる。

「プレゼント続々届いてますな。早く開けよう」

 毎年、子どもたちの誕生日とクリスマスには、続々とプレゼントやらお菓子やらの入った箱が夫の母から届いた。

「ミっちゃんの誕生日じゃないんだから、あなたは少し落ち着きなさい。リオちゃん、開けてごらん」

「うーん」うれし恥ずかしげにリオが頷く。

「早くぅ、早くぅ」せかせるお祭り男。

「ミっちゃん、しー!」母怒。

「ミっちゃん、開けていいよ」譲るリオ。

「リオちゃん、開けて!」間違えて母怒。

「うぇーん」泣くリオ。

  ケーキカットの前も。

「リオ、ローソクふぅだよ。ふぅぅ」

 と言ってリオより先にお祭り男が消してしまった。

 ミツキの存在感を消してくれ~

 自分の誕生日の主役を奪われたら怒ってもいいのに、リオは楽しそうにしていた。

 ミツキは確実に1歳の誕生日から自分が祝われていることに気付いていた。なのにリオは、5歳の誕生日でさえもミツキの存在感に圧倒されて自分が主役であることに気付いていなかった。

 家でこんな調子なので、外でも自分が出せない。公園では他に子どもがいると遊具に近づけない。誰も使っていないときを見計らって遊び、前方から子どもが近づく気配感じただけで譲ってしまう。

 旅先の公園で見つけた、高さ7メートル程ある大きな螺旋の滑り台。たくさんの子どもたちが群がっている。ミツキは臆することなく何度も滑った。
 2歳くらいまでなら付き添いの親もいたが、当時リオは4歳。リオも親と一緒に行く気はない。だが、滑りたい気持ちはあっても、整理券でも配ってくれない限り、リオは前に出られないのだ。
 滑り台てっぺんの子どもたちの最前列で、まるで交通整理の人のように次から次へと子どもたちを送り出す。ミツキがてっぺんに着く度にリオに滑るよう促し、リオはミツキの後ろから滑ろうとするも、あっという間に次の子に抜かされてしまうのだった。
 ミツキ、リオを君の前に入れてやってくれ!

 幼稚園では、入園して半年ほどしたころ、幼稚園に行きたくないと泣いた。理由を聞くと「やりたくない遊びでもお友だちの誘いを断れず、やりたいこともできず辛い」という。これはチャンスと思い、先生に相談した。

「手のかかる子の方に目が行きがちで、リオちゃんがそんな悩みを持っているとは。これからはリオちゃんが気持ちを出していけるようにサポートしますね」

 先生の力にすがる気持ちでお任せした。

 これらのことを夫の母にも話した。

「リオちゃんを見ていると涙ぐましくなるけど、それがリオちゃんの性格で、周りの人が喜んでくれることでリオちゃんの心のバランスが保たれているのよ」

 その通りだと納得するものの、思春期になったリオが突然「今までの私はウソだった」と暴れだすのではないかと思うと心配だった。

 そんなリオがハッキリと自我に目覚めた。6歳の誕生日は、自分が主役であることを完全に理解し、存在感満載お祭り男を寄せ付けなかった。

 それは幼稚園のおかげだった。幼稚園では毎月誕生日会が開かれ、年少年長合同の誕生日会を行っていた。全園児の集まるホールに、その月に誕生日を迎える子どもが後から入場し、たくさんのお祝いの言葉と拍手を受ける。そして、子どもたちのお祝いのメッセージの入った王冠をかぶる。心温まる誕生日会だ。

 4月生まれのリオは、幼稚園に入園して2週間後、いきなり主役となった。誕生月の保護者のみ参加できるため、私はホールの端でリオを見守る。リオは緊張していて、初めての体験に驚くだけで、意味を全く理解していない。5歳の誕生会はただその場にいるだけだった。

 秋になり、幼稚園にも慣れ、誕生会の意味が分かってきたのだろう。今月の誕生日は誰だったなど頻繁に口にするようになった。

 冬になり、あと少しで自分の誕生日会の番が来ると意識するようになった。

「ママ、お誕生日会はみんなうれしそうなんだよ。リオも早く誕生日会やってみたい」

 今までは、お祭り男のミツキやパパとママが喜んでいるから自分も楽しいと感じていたものが、はっきりと自分がうれしいに変わった瞬間だった。

 自我の目覚めとともに、リオは自分の気持ちを出せるようになり、暑いだけで機嫌を損ねるようになった。腕をぶんぶんと振り回し怒る姿は、まるで土俵入り前の元高見盛のようで、可愛らしくて、おもしろい。

 これぐらいがちょうどいい。

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【こぼれ話】whiteリオ

 ミツキの幼稚園は広域から園児が集まっていたので、小学校では仲の良い友だちは散り散りとなった。同じ小学校に入学したのは、ミツキを含めて5人だけ。しかも、ミツキ以外は隣のクラスだった。

 本人は何も言わなかったが、きっと不安に違いない。勉強嫌いで集団行動嫌いのミツキが、小学校という新しい環境の中でがんばろうとしている。

 もし、ミツキが辛い気持ちになったときに理解し寄り添うにはどうしたら良いだろうか。

 そこで思いついたのが、PTA活動。各クラスから本部役員2名、その他3つの部に1名ずつ選出される。役員の任期は1年。役員選出のルールとして、1児童につき1回は役員を務めなければならない。ちなみに、6年間で1回も務めない場合、自動的に6年時の卒業対策委員となる仕組みだ。

 どのみち1回はPTA活動に参加しなければいけないのだから、1年時に済ませてしまおうと思った。ミツキ同様、自分も新しい環境に身を置こうと思った。

 初めての保護者会で広報部に立候補。他に候補者はおらず、あっさり決定。保護者会終了後、1年から6年の役員集合。いきなりクジ引きで、部長・副部長・書記・会計が決まった。

 セーフ! 勢いで立候補してしまったが、役付になったらド偉いことだった。

 ホッとしたのも束の間。実際活動が始まると、大事なことを見落としていたと気付いた。リオの存在だ。

 広報部では、PTA活動を掲載した新聞を年4回発行していた。B4用紙8枚というなかなかのボリュームだ。会合は月1回なので回数こそ多くはないのだが、1回の拘束時間が3歳のリオにはキツかった。校正や印刷の日は、4時間に及ぶこともあった。

 そもそもリオは、場所見知り、人見知りが激しい。リオが泣きそうになると、私は「じゃがりこ」を与えてなだめた。お母さんたちは、親しみを込めてリオを「じゃがりこちゃん」と呼んだが、リオは一切懐かなかった。

 私は、自分の思いつきでリオを悲しませていることを申し訳なく思った。ミツキのことばかりで、リオのことを考えていなかった。

 しかも、ミツキは入学して数日ですっかり学校に慣れ、友だちもできて、毎日が楽しそうだった。完全に私の取り越し苦労。リオが幼稚園に入園してからにすべきだったと後悔したところで、後の祭りだ。

 リオは、いつもPTAルームの端でうずくまって寂しげにしていた。その姿を見ると胸が詰まる思いだった。

 ある会合の日の前夜。

「明日はまたミっちゃんの学校で、ママはお仕事なんだ。リオちゃん悪いんだけど、またママにお付き合いしてね」

「うーん。お菓子買ってね」

「分かったよ」

「行く前に公園で遊びたい」

「10時からだからちょっとだけならいいよ」

 翌朝。朝方雨が降り、遊具が濡れていた。

「公園で遊ぶのは帰りにしよう」

「うん。ママ、約束ね」

 渋々納得するリオ。帰りはたくさん遊ばせてあげようと思っていたのに、作業はどんどん長引いた。ランチを挟んで作業再開。やっと終了するころには、1年生の下校時間になってしまった。

「リオちゃん、ごめんね。ミっちゃん帰ってくるから、もうお家に帰らないと」

 リオは眠そうにコクリと頷いた。約束も守れないなんてと思いつつ、家路を急ぐ。

「ママ、楽しいね」

 学校を出て少し歩いたところで、突然リオが言った。

「え? リオちゃん、今楽しいの?」

「うん、ママと手をつないで歩くから」

 くぅ~(川平慈英風)となった。

「ありがとう。リオちゃん。ママも楽しい。そして、しあわせ」

「リオちゃんも!」

 胸の中心がほわんと温かくなり、私の心はここにあるのだと分かる。

 リオの優しさ溢れるピュアな言葉に、私はいつも癒やされる。ミツキの学校公開の帰り道に私ががっかりしているときなども。

 リオに助けられてばかりで、これでは母と娘の立場が逆転だ。

 優しすぎるがゆえに、本当は嫌でも我慢してしまうリオ。私は、ついミツキに掛かりきりになり、いつもリオのことは二の次だ。

 手の掛からない良い子だからこそ、壊れてしまうなんてこともあるかもしれない。もっとリオの気持ちに寄り添おうと改めて思った。

 あれから10年。中学生になったリオは、ちゃんとそこそこ生意気で、ときどきBlackリオになる。それでいい。

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【こぼれ話】学校公開

 学校行事の1つに「学校公開」というものがある。これは昔で言う授業参観に当たるものだが、より子どもたちの普段の様子が見られてよい。公開期間は1週間もあり、朝礼と給食と帰りの会以外は全て参観できた。

 私はミツキの学校での様子、授業の進み具合や理解度などが心配だったので、毎日1時間は参観するよう心がけていた。

 平日にもかかわらず、ミツキの学年の保護者は参観率が高かった。たくさんの保護者と顔見知りになり、情報交換ができるのも利点の1つである。

 ミツキが小1のときリオは3歳。当然すぐに飽きてしまう。なだめたり、抱っこしたり、廊下と教室を出たり入ったり。私もリオも大変だった。

 個人面談ではミツキの様子を担任の先生にボロクソ言われていたので、他の児童とどんなところが違うのかよく観察した。ミツキだけ悪目立ちしてひたすら注意をされていると思いきや、意外にもみんなまんべんなく注意を受けていた。先生の信念のある公平な指導に好感が持てた。

 ホッとしたり、意外とやるじゃんと感心したりすることもあるが、来るんじゃなかったと悔やむことも多々あった。

 中でも最も穴があったら入りたいと思ったのは、小2の道徳の時間での出来事だ。リオの昼寝の時間に重なるので、参観はいつも午前中ばかりだった。しかし、その日はなぜか5時間目の道徳を選択した。学校に行くと他の保護者は誰もおらず、私とリオだけ。この時点ですでに教室に居づらい。

 授業内容は「ちびまる子ちゃん」のマンガを題材に、登場人物のそれぞれの気持ちを考えてみようというものだった。プリントが配られ、子どもたちは空欄に思いついた文章を埋めていく。書いている様子を先生が見て回り、内容を確認していた。先生はミツキの横でも立ち止まり、うんうんと頷く仕草をした。

 発表時にミツキが絶対に指されると思った。これまでも私が参観した全授業で、ミツキが手を挙げると必ず指されていた。先生も保護者に気を遣ってくれているのだろう。

 ただ、人の気持ちを考えて文章にするという問題で、ミツキが手を挙げるとは思えない。ミツキは話すことは得意なのに、どういう訳か文章に書き表すことがまったくできなかった。言葉で発したことをそのまま書いてごらんと言っても、なぜか文字にできないのだ。

 普段の授業なら様々な質問があり、挙手のチャンスもたくさんあるが、この時間ではプリントを仕上げた後のみだ。

「では、みんな書き終わったようなので、発表してもらいましょう。発表してくれる人」

 一斉に手が挙がる。予想通りミツキは手を挙げなかった。指された子が発表をする。

「○○さんの意見どうですか?」

「同じです」と同じ意見の子どもたちが言う。

「他にありますか?」

 同じ意見の子が多かったようで、挙手の数がぐっと減った。これを2回繰り返したところで挙手する子はいなくなった。

「もういませんか? さっき見てまわったとき、もっといろいろな意見がありましたよ。道徳に間違いはありません。いろいろな考えを聞かせてくださいね。じゃあ、葉野くんの意見を聞かせてもらおうかな」

(ぎゃー! 先生、私に気を遣わないで)

「ぼくは、いいです」

(うわー、断った!)

「いいですじゃないです。発表してください」

「ぼくは、イヤです」

(きゃあ、もう止めて!)

「葉野くんの意見、先生はとても良いと思いました。はい、立って」

 先生がミツキの後ろに立ち、ミツキを立ち上がらせようとした。すると、ミツキは激しく抵抗し、机に覆い被さってしがみついた。机から引き離そうとする先生対机を離すまいとするミツキ。

「葉野くん、がんばって読んじゃいなよ」

「葉野、お母さんがびっくりしてるぞ」

「葉野、とにかく読んじゃえよ」

「葉野くん、大丈夫だから、がんばって」

 男子からのヤジ、女子からの励ましで教室内は大混乱と化した。

 諦めた先生が、方向転換をする。

「葉野くんがせっかく良い意見を書いてくれたから先生は是非みんなにも聞いて欲しい。じゃあ、誰か代わりに読んであげてください。えーと、ではYさん」

 全員の視線がバッとYさんへ注がれた。私もすがるような目でYさんを見た。

 そろりそろりとYさんは立ち上がった。しかし、俯いたまま動かない。クラス中の視線がYさんに集まる。

 鼻をすする音、Yさんは泣いていた。2年生の女子には荷が重かったのかもしれない。

 クラス中が居たたまれない気分にさいなまれたとき、待望のチャイムが鳴った。先生がサクッとミツキのプリントの文章を読み上げ、地獄の授業終了。

 そのまま帰りの会に突入。先生と目が合い、互いに「すみません」と頭を下げあった。

 そして、教室のドアを出る直前、思いがけないことが起こった。ミツキが追いかけてきたのだ。

 さすがに悪いことをしたと詫びに来たのだろう。そう思いながら振り向いた。

「ママー。今日遊んでもいいよね?」

(はい、出ました。空気読めない人間)

「ど・う・ぞ」怒!

 

 翌朝「今日は何時間目に来る? オススメは体育だよ」なんて言ってくるミツキ。

 学年が上がるにつれて恥ずかしい思いをすることはなくなり、安心して参観できるようになった。

 今となっては全てがいい思い出である。

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【こぼれ話】どくさいスイッチ

 小学3年生のころの私は、月に1冊ずつ「ドラえもん」の漫画本を購入していた。当時の私のお小遣いは500円で、漫画本は320円だったと思う。

 月の初めに1冊買うと月末まで暇さえあれば何度も読み返した。今月の1冊にさすがに読み飽きると、それまでに買ったものを読み返した。

 何度も同じ場面で笑い、泣き、感動し、教訓として学んだ。私にとってドラえもんは、人生の教科書だった。

 中でも強い衝撃を受けた回は、15巻に収録の『どくさいスイッチ』だ。

 ジャイアンに野球のことで責められたのび太が、ドラえもんに泣きつく。ジャイアンがいなくなればと言うのび太のために、ドラえもんは「どくさいスイッチ」を出す。これは、消えて欲しい人の名前を言って押すとその人の存在がなくなるというものだ。

 のび太はすぐにジャイアンの名前を言ってボタンを押し、ジャイアンを消した。これで安心と外に出ると、ジャイアンのいない世界ではスネ夫に責められてしまう。そこでのび太は、すぐにスネ夫も消した。しかし、その後ものび太を責める人間が現れ、ついにのび太は全ての人間を消してしまい、地球上はのび太1人となった。

 孤独感に打ちひしがれるのび太の背後にドラえもんが現れ、これは独裁者を懲らしめるスイッチだったと教える。

 ドラえもんの「気に入らないからって次々に消していけば、キリがないんだよ」というセリフが、読むたびに私の心に刺さった。

 どくさいスイッチ的なことが、自分自身にも起きていると、ある時ふと思った。

 私は、強く願うと思い通りなることがしばしばあった。よい感情では、会いたいと思った人と偶然会ったり、レアなものが偶然手に入ったり。負の感情では、この人苦手だなと思っていた人が、転校したり、異動したり、退社したり、引っ越したり。

 負の感情は、私の心の中のどくさいスイッチだった。苦手なタイプの相手と物理的に距離を置くことができ、私はホッとした。

 ところが、ホッとするのも束の間。同じタイプの人間が私の前に現れるのだった。

 またこのタイプかと、私はげんなりしつつまた願う。すると、またその人とは距離を置けるが、また同じタイプの人が現れる。これの繰り返しだった。

 子どものころの私は、のび太と同じだったと思う。

 20代半ば。私は少し考え方を変えてみることにした。

 自分はこの人の何が苦手なのだろうか。この人はどういう人なのだろうか。この人と上手く接するにはどうしたら良いのだろうか。そんな風に1つずつ考え、擦り合わせていくうちに、不思議とその人の良い部分が見えてきた。私自身が考え方を変え、譲歩すべき部分が見えてきた。

 気付けば、ほどよい距離感で上手く付き合えるようになっていた。

 学校で、会社で、習い事の場で、子どもが生まれてからは子ども関連の場で、たくさんの出会いがあった。

 苦手なタイプを克服すると、また新種の苦手なタイプが投入された。未熟な私の精神を成長させるための謎の力が働きかけている。いつしか私はそう思うようになった。

 私は思し召しに従い、忘れたころに投入される新タイプを克服していった。

 30代に突入するころには、私は人に恵まれていると思うようになった。

 今となっては、過去の私は自分自身に問題があるにも関わらず、心の中のどくさいスイッチを簡単に押しすぎたと反省するばかりだ。

 人のタイプは十人十色。認め、赦し、譲歩し、擦り合わせることで、何よりも自分が一番楽になる。

 マンガの中では、どくさいスイッチを押すことで孤独になり、人は1人では生きていけないということにフィーチャーしている。

 しかし、もっと深く考えれば、苦手だ嫌いだと人のことばかり責めるのではなく、互いを認め合い譲歩することで苦手と感じるタイプ自体が減るのだから、結局は幸せを感じるのだ。

 ミツキとリオにもたくさんの人と出会い、揉まれながら精進し、良い出会いを育てていって欲しい。

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