葉野ミツキの育て方

そんなトリセツ、あったらいいのに

内申をあげるには②

 美術と体育の他に内申を上げられそうな教科は、社会と国語だと思った。試験前、ミツキはいつも数学と英語しか勉強していなかった。数学はミツキが好きな教科で、放っておくと数学にしか手を付けなかった。それでは困るので、私主導で英語をやった。国語・理科・社会もやらせたかったが、そこまで手が回らなかった。試験日当日に提出するワークは、答えを丸写しして、丸付けをするという、悲しく不毛な作業でごまかしていた。提出したという事実はあっても、試験結果を見れば何一つごまかせていないことは明白だ。

 ちなみに、本人なりに努力していた数学と英語だが、常に平均点より30点下だった。やってこの点数だと、やらなかったら大変なことになる。だが、やってもこれなら、その他の教科に少し時間をシフトしてもいいのではないかと思った。

「ミツキは、小学生のとき社会と理科がとてもよくできたよね。中学になってからはぜんぜん勉強しないから点を取れないだけで、やれば上げられると思うの。その証拠にさ、期末試験で、前日に社会を少しやっただけなのに、いつもより点数よかったよね」

「そうなんだよ。寝る前のたった30分の勉強で40点取れるってすごくね?」

「うん、すごいよ。だからさ、これからは社会に力入れようよ。ミツキは、社会と理科の暗記が得意なんだよ。理科の暗記以外はやらなくていいから。暗記分は点数取ろうよ」

「わかった」

「それから、国語なんだけど。国語も学校の定期試験は点数が取りやすいと思うの。だって、授業で何度も読んでる文章の読解だよ。初見の文章じゃないんだから。本当はしっかり授業のノートを取って欲しいんだけどね。それが無理でも、せめて課題のワークは全ページ自分でしっかりと解こうよ。それをやるだけで点数上がるよ」

「わかった。もう答えは写さないよ」

「じゃあ、もう時間だから三者面談に行こう」

 私が木本先生と面談した3日後は、三者面談だった。ミツキと今後のことを話しあってから、学校へ向かった。

 この内申では受験できる高校がないという現実を、ミツキは木本先生から改めて突きつけられた。すでに観念しているので、妙に落ち着きを払っていた。

「葉野くん、音楽の『1』は特に何とかしないといけないよ」

「はい」

「それから、プールね。見学しちゃったら先生だって評価しようがないんだよ」

「はい」

「そういえば、社会の点数がいつもよりよかったよね」

「そうなんですよ。前日に30分やっただけなのに。ということは、もっとやっていれば、もっと取れたってことですよね」

「そうだよ、葉野くん。社会が得意なんだね。これからは、社会にも力を入れるといいよ」

「はい、そうですよね」

 私は心の中で(木本先生、ナイス!)と思っていた。ミツキは、私の意見だけでは聞き入れないが、他の人からも同意見を言われるとたちまち腑に落ち、聞き入れる傾向がある。3日前の面談のとき、木本先生と社会の話になった。そこで、社会に力を入れるよう先生から言って欲しいと頼んでおいたのだ。

「あと、ちょうど1年だよ。来年の今ごろには、高校に提出する内申が出ているよ。気持ちを入れ替えてやっていかないとね。部活をがんばれているんだから、他もがんばれるよ」

「はい」

 突きつけられた現実は厳しいが、逆に考えれば学校に通ってさえいれば、これ以上成績の下がりようもない。そう思うと、これだけ成績が悪くても楽しく学校に通っているミツキを誉めてやりたくなった。心も体も健康に、楽しく学校に通っているミツキに感謝。

 あとは、挑戦あるのみだ。「興味ない」という言葉で片付けるのでなく、まずは無理にでも興味があるフリをしてやってみたら、おもしろさが見つかるものだ。

「ミツキ、おもしろいから笑うんじゃなくて、笑うからおもしろくなるんだよ。やりたくない事でも、まずやってみよう。一生懸命やったらおもしろくなるんだよ」

 

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内申をあげるには①

 換算内申では、実技4教科の素内申の合計を2倍する。ということは、主要5教科の成績を上げるよりも効果的に換算内申をあげることができる。とはいうものの、物作りが苦手なミツキに作品のクオリティは期待できない。また、試験勉強をやろうにも、試験前には他の教科で手いっぱいになるだろう。では、どうしたらいいか。情けないが、答えは簡単だった。

  1. 技術・家庭・美術の作品の提出期限を守る
  2. 柔道や水泳にまじめに参加する
  3. 音楽でしっかり歌う

 中1の後期期末の保健体育で驚愕の「0点」を取ってきたミツキ。それでも後期の内申は「3」だった。水泳の授業も終わり、他の競技の授業は真面目に受けたのだろう。実技教科の授業態度は、内申を上げるには重要だ。そう考えると、水泳授業を一度も受けず、試験の点数も最悪にも拘らず前期の内申が「2」だったのは、先生のご厚意としか思えない。

 ミツキの口癖は、幼少期からずっと「興味ない」だ。何に対してもすべて「興味ない」でやり過ごしてしまう。そのつけが、今ここで実技教科の「1」や「2」の内申として表面化してしまったのだ。

「ミツキは、中学卒業したらどうしたいと思っているの?」

「高校に行きたい」

「そっか。私、前期の通信簿を見てとても不安になったから、おととい木本先生のところに行って受験について聞いてきたの。そうしたらね。この内申だと、どこの公立高校も受験さえ出来ないってことが分かったの」

「え……」ミツキは眉をひそめた。

「最低でも『32』はないといけない内申が、ミツキは『25』しかない。あと『7』も上げないといけないの」

 ミツキは、もはや言葉も出ない。

「私立でもこの内申では推薦が取れないから、自力で受験するしかない。でも、推薦がないと合格は難しいよ」

 微動だにしないミツキを見るのが辛い。

「木本先生が、エンカレッジスクールっていうのを教えてくれたの。授業が30分間で、丁寧に授業を進めてくれるんだって。ここいいと思わない?」

「エンカレッジスクールは、ちょっと」

「ちょっと何?」

「いや、ちょっと、あんまり、イヤだ」

「そうなんだ。エンカレッジスクールって知ってた?」

「うん。まあ知ってる。イヤだ」

「あ、そう。分かった。でも、万が一、このまま内申が上がらなかったら、そのときは、ここって話になるよ。で、そうなったら、試験はないけど、作文なんだって」

「作文? 余計無理じゃん」

「うん。でもさ、文章を書くことは、いずれは必要になってくるから、練習しておくことはいいことだと思うんだよね」

「まあ、そうだな」

「でしょう? だから、作文の練習はしよう」

「うん、分かったけど、内申がんばってあげるから、普通の高校に行きたい」

「分かったよ。じゃあ、どうやって内申上げるか。どうしたらいいと思う」

「勉強がんばる」

「がんばるって言うのは簡単だよね。どうがんばるかが重要なんだよ。そらから、勉強の前にやれることもある。なんだと思う?」

 ミツキは、また固まった。

「実技教科。プール、柔道、歌、調理時実習などに真面目に参加すること。作品・提出物の期限厳守。とにかく授業態度を真面目にする。実技教科のオール『3』を目指そう。少なくとも美術と体育は『3』にしよう」

「分かったよ。来年のプールは必ずやるよ」

「絶対だよ。約束だよ。逃げてばかりいて、痛い目に遭うのは、他でもないミツキだよ」

「分かったよ。あーあ、恭介だってプールに入らないし、柔道もさぼってるのにな」

「あのね、一見同じようにふざけているとしても、みんないざというときの瞬発力があるんだよ。やるとき、やらないときの緩急があるというか。ところが、あなたは押し並べてふざけているし、残念ながら瞬発力もない。瞬発力がないことは別に悪いことではないよ。ただ、それがないのであれば、常日頃から真面目にやっておく必要があるんだよ」

「ふーん」まったく納得できないようだ。

「小学生まではさ、漢字テストの前に『漢字練習忘れた』って友だちが言ったら本当にやってないけど、中学生以上になると友だちの言う『勉強してない』は、絶対ウソだよ。みんなやってる。それを信じて自分もやらないでいたら、本当にたった1人、最後の最後でバカみるよ。みんな心の成長とともに、要領が良くなっているんだからね」

「マジか」

 やっと観念したか。このバカチンが!

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勝手な思い込み

 1980年代前半はどこの公立中学校も荒れていてヤンキーの全盛期だった。「なめ猫ブーム」「積木くずし」など、テレビでも多数取り上げられていた。

 私が中学生になるころにはヤンキーは減りつつあったが、1つ上の学年には誰もが恐れるスケバンがまだ存在していた。長いスカートを遠くに見つけると一目散に逃げた。

 私の学年にも周りから一目置かれた集団があった。男女20人ほどの集団で「あのグループ」と呼ばれていた。今でいうスクールカーストの一軍要素と昔ながらのヤンキー要素を持ち合わせていたように思う。

 中学卒業直前のある日、3年生全員が体育館に集められた。そして、私立高校、公立高校、商業高校、工業高校の列に分かれて並んだ。何のためだったのか忘れてしまったが、「全員高校が決まったのだな」と思ったことだけは覚えている。

 「あのグループ」の人たちの成績事情は聞いたことがないけれど、あまり勉強熱心には見えない人もいた。それでも全員高校が決まったのだから、今どき浪人や就職する人は存在しないものなのだなと思った。もちろん、1学年上のスケバンの先輩も前年に高校生になっていた。

 またあるとき、高校時代のバイト先で、工業高校出身の同じ年の子からこんな話を聞いた。

「入学式の日に校庭を歩いていたら、いきなり3階の教室から椅子が落ちてきたんだよ。先輩はヤンキーだらけだった」

 私は、3階から椅子を落とすような不届き者でも高校に入れるのだなと驚いた。そこから私の勝手な思い込みが始まった。そういうヤンキーは、きっとオール「1」に違いない。

 公立高校の受験校選びの重要な目安として、換算内申というのもがある。「主要5教科の素内申の合計」と「実技4教科の素内申の合計の2倍」の合計数が、換算内申となる。

 ざっと公立高校の換算内申を見ていくと、一番低い高校で「32」だった。ミツキの換算内申は「25」だ。これでは、先生に受験できる高校がないと断言されても仕方ない。

 私はこの事実を、先生に言われる前からネットで調べて知っていた。しかし、そんなはずはないと思いたかった。先生にそう宣告されてもなお、納得できなかった。

 ヤンキーでもない。不登校でもない。どこにでもいる見た目は普通の生徒なのに、受験できる学校がないってどういうこと? ミツキっていったいなんなの? 換算内申は、本当に「32」もないといけないの? 様々な思いが次々止めどなく湧き上がってくる。

 換算内申「32」の内訳とは、どんな成績だろうか。単純に考えて、主要5教科がオール「3」で、実技4教科に「2」が3つと「3」が1つの場合、換算内申は「33」となる。あるいは、主要5教科がオール「2」で、実技4教科に「3」が3つと「2」が1つの場合、換算内申は「32」となる。

 オール「5」に近い生徒がいたり、「1」と「2」ばかりの生徒もいたりする。そして、各々が見合った学力の高校を受験するのだと、私は思っていた。ところが、実際は「2」や「1」があってはダメだった。オール「3」でやっと学校を選ぶことができるのだ。

 そうなると、あのスケバンの先輩も校庭に椅子を落とした不届き者も、[3]がたくさんあったことになる。私はなんという失礼な思い込みをしていたのだろうかと申し訳ない気持ちになった。それと同時に、じゃあミツキはいったいなんなの? という思いが、また込み上げてくる。

 こんなことになるとは、思いもしなかった。高校を選べる立場ではないということは覚悟していたが、受験できる高校がないという事態に陥るとは想像もしていなかったのだ。

 私は丸2日、ひっそりと思う存分泣いた。

 そして、3日目復活。泣いていても何も変わらない。ミツキの成績をオール「3」にする手だてを考えなくては。

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1212行進

 我が家の住む地域の公立中学校は、2学期制で、前期と後期に分かれている。6月の下旬に前期中間、9月の中旬に前期期末、11月中旬に後期中間、2月下旬に後期期末と、年4回の定期考査が行われる。

 中間考査といえば主要5教科、期末考査といえば実技教科を含む9教科だと思っていた。しかし、3年生が11月の中旬に推薦書類の提出を行なうため、全学年ともに後期中間が9教科、後期期末は5教科だった。中2までは後期期末までが通知表に反映するが、中3では後期中間で通知表が決定する。

 私が学生時代にお世話になっていたバイト先の店長が、学期末に言っていた言葉を思い出した。

「今日は通信簿の日だな。そろそろ息子が行進しながら帰ってくるぞ」

 意味が分からずポカンとしている私に、店長が笑いながら教えてくれた。

「うちの息子の通信簿はいつも「1」と「2」ばかりなんだよ。だから、「1,2,1,2」って行進して帰ってくるんだ」

 ミツキの中2の前期通知表は、ついに1212行進状態になった。店長のようには笑えなかった。

 数学と音楽を除いて「2」が並び、かろうじて数学は「3」、音楽は衝撃の「1」だった。

「音楽ってどうやったら『1』が採れるの?」

「いやあ、オレみたいにテストの点数が悪くて、楽器が全く弾けなくて、歌も口パクだとこうなるんだな。それからマズイ事件があった。先生が教室に来るのが遅かったから音楽室でかくれんぼしているところに先生が来ちゃって。オレ、そのときロッカーに隠れてたから出られなくなって。で、まあ、先生に結局見つかって怒られたんだ」

「アホか」

 後期中間は、なんとかしなくてはとがんばったが、なんともならなかった。

 12月上旬、三者面談あった。三者だとまたミツキの生活面の話だけで終わってしまう。私は入試に向けて先生に詳しく話を聞きたかった。そこで、担任の木本先生に連絡し、三者面談の前日に約束を取り付けた。

「公立高校を志望しています。前期の通知表を見て不安で、内申点を計算してみました。高校受験案内の本はまだ持っていないのでネットで調べています。ですが、よく分からないので、先生に直接伺いたくてお時間をいただきました。ミツキの内申点ではどの高校も受験さえできないようなのですが、間違いないですか?」

 私が話し始めると、先生の表情はどんどん悲しげになっていった。

「葉野さん、そうなんです。この内申点では、受験できる高校がありません」

 自分でも驚いたのだが、一気に涙で前が見えなくなった。いきなり泣き出した私を、先生は辛そうに見ていた。木本先生の息子さんは、このときちょうど中学3年生で、受験の真只中。先生は、同じ中学生の子を持つ母親として私の気持ちを察し、私の気持ちが落ち着くまで待ってくれていた。

「やっぱりそうですか。では、なんとしてもこれから成績をあげないといけませんね。もし、万が一、このまま上がらなかった場合、ミツキにはどんな進路がありますか?」

「私立でしたら、1、2校あります。でも、少し遠いです。それから、エンカレッジスクールがあります」

「エンカレッジスクールとは、なんですか?」

「習熟度別少人数授業や30分授業を取り入れている高校です。勉強が苦手な生徒には向いています」

「そういう高校もあるんですね。集中力がない子ですから、30分授業はいいですね」

「ただ、エンカレッジスクールは、数が限られていて、しかも、どんどん人気が出てきています。倍率が高いんです。入試試験自体はないのですが、作文を書くんです」

「作文かあ」

「そうなんですよ。葉野くんは、作文はちょっと難しいですよね」

「はい。作文は無理です。でも、エンカレッジスクールは魅力的です。作文が書けるようになるにはどうしたらいいですか?」

「どうでしょう。うーん。先日授業で書かせた作文です」

 木本先生が、ミツキの書いた作文をファイルから取り出した。その文章は、小学校低学年の文章かと思うほどのひどさだった。

「やっぱり、難しいですね、これは」

「あとは、全入制の通信制高校ですね」

「全入制……」

 最終的受け皿ではないか。

「葉野さん、中3の成績が決まるまで1年あります。まずは、なんとしても『1』をなくしましょう。それから少しでも得意な教科を『3』に上げましょう」

「そうですね。音楽をせめて『2』に、それから社会と美術と体育を『3』にあげるようにミツキに話してみます」

「そうですね。『3』が増えれば、受験できる学校も増えますから」

 木本先生と話している間は、前向きな気持ちでいられたが、帰り道はまた悲しくなった。

 知能テストの結果を知ったときよりも何倍も悲しかった。いったい何がこんなに悲しいのだろうかと自問自答した。

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おしゃべりタイム

 ミツキとの勉強がなかなか進まない原因は、本人のやる気のなさや、覚えの悪さ以外にもあった。それは、ミツキに乗せられて、つい私もおしゃべりしてしまうことだった。例えばこんなおしゃべりだ。

「四則計算ができれば生きていけるんだから、数学なんていらないよ。研究者になるとかそう人だけやればいいんだ」

「そうだね。確かに大人になって、因数分解することないものね。でもね、私は答えを出すだけが数学ではないと思うの。数学の答えを導き出すためのプロセスが、快適に生きるために重要だから学ぶのだと思うの」

「なんで?」

因数分解の答えを導き出すために、今まで習った計算や公式などの理論を総動員させるよね。この問題を解くためには、これが必要だって、自分で選んでいくでしょう? ものごとを順序立てて解決に導くための練習を数学で学んでいると思うの。証明問題なんて、特にそうだよね。対応する辺や角を見つけ出して、順番に説明して、最終的に二辺とその間の角が等しいので合同の三角形みたいな。もし、ミツキが何かの事件に巻き込まれたとして、自分の無実を証明するために、順序立てて無実を立証するのにも役立つと思うよ。もちろん会社でプレゼンするときもね。こういうことって、国語力だけでなく、数学の答を導き出すプロセスも重要だと思うの」

「なるほど、じゃあやるしかないな」

「はい、話しはここまで。ワークに戻りましょう」

 また、あるときはこんなおしゃべりだ。

「化学記号は、いらなくね?」

「私も思った。特に高校生のときの化学反応式。
水素+塩素=塩化水素、みたいな式が何十個もあったの。それのテストがあって、合格するまで再テストになるのね。初日のテストでは不合格者が大勢いて、黒板に名前がずらっと並んでたわけ。次のテストで合格者の名前が黒板消しで消されて、日に日に黒板の名前が歯抜け状態になってね。ある日、私の上の名前を消した時に、私の名前も消えかかったの。『このまま消えろ』って心の中で叫んだと同時に先生が気づいて、書き直したから誰よりも濃くなってね。ついには、女子が1人もいなくなって……
 すごく恥ずかしいとは思うんだけど、やりたくないって気持ちの方が大きくて逃げていたの。そうしたらね、友だちに「部活では常に一生懸命なのに、勉強は逃げるんだね」って言われたの。なんか急にウォーってやる気が出てきて、がんばったらあっさり合格しちゃった。でも、理解して覚えた訳ではなくて、一夜漬けの丸暗記だからすぐ忘れちゃったけどね。やっぱり化学反応式なんて人生において意味ないなって思ったの。
 ところが、会社に入社したときに、やっぱりがんばってよかったと思い直したんだよ」

「え? なんで?」

「入社してすぐに大量の資料を渡されて、1週間の研修中に覚えるように言われたの。あまりの量にびっくりしたんだけど、そのときふと、あの訳の分からない化学反応式が覚えられたんだから、この資料の内容の方が覚えやすいだろうって思ったし、あのときがんばれたんだから、今回もがんばれるって思ったんだよね。つまりさ、やりたくない、やっても意味が無いって思える勉強でも、がんばっておけば、あのとき自分はがんばれたっていう実績になるわけ。だからね、逃げないで何の勉強でもがんばることが大事なんだよ」

「なるほど、自信の実績ね」

「はい、長い話になった。ワークに戻ります」

 約2時間でこういった中断が2、3回は必ず入る。ミツキの誘いは何回もあるが、一応厳選しておしゃべりに乗っていた。話しかけてくるということは、集中力が切れた証拠なので休憩時間の役割もあった。私とミツキにとってのリフレッシュタイムだった。さらには、これからのミツキの人生にとって必要な情報提供だと自負もしていた。

 しかし、ある日夫からケチがついた。

「ミツキの勉強が捗らないのは、ママのそのおしゃべりが原因だよね」

「はあ?」

 私のせいですと? 言ってくれますな。

「パパ、明日の日曜日は、リオとディズニーシーに行く約束してるんだ。だから、明日はパパがミツキの勉強をみてやってくれる?」

「おお、分かったよ。お父さんがみてやるよ」

 次の日、リオと夢の国を満喫して帰宅すると、ミツキは勉強していなかった。

「あれ? パパ、ミツキと勉強はどうしたの?」

「今日やるんだっけ?」

 とぼけやがって、コノヤロー。やりたくない日でもこっちは毎日やってんだよ! 自分は約束も守れないくせに、気軽に口挟んでくんじゃねーよ! と久しぶりに腹が立った。

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退塾

 栄養療法を始めて半年過ぎた11月、再度血液検査をして、数値の変化を確認した。数値は以前より少し良くなっていた。医師は、栄養療法の効果が出ていると言ったが、実感はなかった。そして、更に良くするためにとサプリの種類が増えた。増えたサプリは、DHAなので成績アップの期待度が増すが、これで代金は月2万9千円だ。

 サプリ代と塾代を合わせると5万円超になる。効果があるようなないようなサプリと塾にお金をかけるなんてばかばかしいと思ってしまう。

 そんなとき、ミツキの友だちのお母さんに会った。歯医者で子どもの歯の矯正を勧められたという。90万円もするので悩んだが、やることにしたのだそうだ。成績は優秀だが、歯並びの悪い子。歯並びは良いが、成績は悪い子。

 高校受験までの16か月間、ミツキに塾とサプリ代をかけたとして総額80~90万円だ。

 どこの子も、何らかの形で、お金がかかるものなのだ。ならば、子育ての必要経費として、気持ちよく出そうじゃないか。そう気を取り直して塾へ送り出し、栄養療法生活も続けていたが、成績は一向にあがらず、悶々とした日々を送っていた。当時の私の日記には連日愚痴が綴られている。

  • 勉強は英語だけみるつもりだったが、結局数学も見ることになった
  • 期末試験まであと2週間だというのに、数学をまったく理解していない
  • あの塾長本当にむかつく! 東京一、数学の教え方が上手いんじゃなかったんかい!
  • 数学が邪魔で英語が進まない
  • こんなにも数学までができないなんて
  • ワーキングメモリーが低い
  • 全然進まない。ミツキも辛そうだ
  • 試験1週間前にぐうたらできるなんて、逆に感心してしまう
  • 前頭葉の活性化が必要だ
  • 捗らなくて辛い
  • 勉強が進まず辛い
  • 毎日本当に骨が折れる
  • ミツキしんどいだろうが、私もしんどい
  • なぜこんなにも理解ができないのだろう
  • 明日の期末試験に向けてラストスパート
  • びっくりするほど塾の効果が表れていない
  • 塾の意味が全くない

 結局、期末試験も散々な結果となった。過去の英語の試験問題から問題の傾向を洗い出して、予想問題まで作った。ところが、ミツキの「ページとしては試験範囲内だけど、この部分は省くんだって」というデマに騙されて、大損害。その部分が丸々出たのだ。

 数学もひどい。何度教えても一次関数を理解できないのだ。国語と理科と社会は、手を付けることさえできなかった。

 いかにミツキが理解しないか、先に進まないかがよく分かった。高校受験に向けて勉強の方法を考えなくてはいけない。

 期末試験後すぐに、塾を辞めた。電話で告げると、待ってましたとばかりに「あ、分かりました~」と言って向こうから電話が切られた。塾長は子どもだなあ、もう少し大人の対応ないのかねとも思ったが、ごちゃごちゃ言われるよりずっといい。これで、スッキリさようならだ。

 月5万越えの子育て資金が約半額減ったのだ。大枚はたいて塾に通って成績が上がらなければ、怒りと悲しみは大きい。しかし、成績が上がらなくても塾に行っていなければ、少なくともお金の無駄だったとは思わない。更に、家庭学習で少しでも成績が上がったら、得したとなる。

 よし、がんばるぞ。良いイメージ発動。成せば成る!  強い思いは、必ず実現する!

 だけどなあ。私ばかり張り切ったって、当のミツキに信念がないんだもんなあ……

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英語の学習

 塾の英語を辞めて、本格的にミツキとの家庭学習が始まった。11月半ばの期末試験に向けて、塾以外の日は毎日9時から11時までの2時間を予定していた。

 しかし、いつもミツキが開始時間に遅れた。家事を終え、先にテーブルに着くのは私だった。とにかくミツキは時間にルーズなのだ。グズ野郎だ。部活をやっている中学生は、限られた時間をいかに有効に使うかで大きな差が出る。

 部活終了後帰宅は7時。すぐにお風呂に入って8時から夕食。30分で食事を終え、残りの30分休憩した後、九時から勉強。2時間もあれば、2教科はできるはずだ。

 ところが、ミツキの場合はそうはいかない。

 7時に帰宅。お風呂に入る前に特に何をするでもなく、ただだらける。7時半過ぎにやっと入浴。1時間は出てこない。シャワー音が、滝行ですか? というくらいずっと聞こえてくる。8時半過ぎ食事開始。よく噛むことは良いことだが、遅い、遅すぎる。9時半過ぎにやっと勉強を始める。
 英語の教科書音読から開始。スラスラ読める。次に教科書の日本語訳。初めてやるページは、難航する。一度訳したページは、日本訳を覚えていてスラスラ言う。これでは意味がない。

「英文をしっかりと見ながら日本語に訳してね。日本語訳の暗記じゃ意味ないよ」

 次に新しい単語と熟語の暗記。ここで早速つまづく。ミツキ1人に任せると、単語をただひたすら、書き続ける。たくさん書くが、ちっとも覚えられない。単語の覚え方を次のように提案した。

・発音しながら単語を書き、日本語を言う

・3回繰り返して、次の単語に進む

・一度に覚える単語は5つまで

・各3回書いたら、5つの単語テスト

・全問正解するまで繰り返す

 発音は2種類。ミツキはフォニックスを知らないので、ローマ字読み風にしてからその後に本当の英語の発音を言う。

 例えば「taught」の場合は、「タウグハト」と言いながら単語を書き、「トート」と発音し、「ティーチ、教えるの過去形と過去分詞形」と言う。これを3回繰り返したのち、他の5つの単語とともにテストをする。

 これが、ミツキにはとても大変な作業だった。本人曰く、同時にやることが多すぎるのだそうだ。書きながら、覚えるための発音をしながら、本当の発音をしながら、日本語を言う。

「4つの作業を一度にするなんてオレには出来ないんだよ」

「そうだね、大変だね。でもね、ただ書いているだけでは、覚えるのは難しいの。それが有効でないということは、ミツキも経験して分かっているでしょう? このやり方は、手で書いて、口で言って、耳で聞くでしょう。いろんな部位を使うから脳に定着しやすいんだよ。今はこのやり方をしてみよう。すべてを同時にする必要はないから。ローマ字読みしてから単語書いて、その後に発音と訳を言ってもいいんだから」

 10秒でさえミツキから目が離せなかった。ちょっと気を抜くとすぐに元のやり方になってしまう。「はいローマ字読み」「はい単語」「はい発音」「はい日本語」と付きっきりだ。2時間なんてあっという間に経ち、振り返るとほとんど進んでいないなんてことは日常茶飯事だった。

 たかが単語でこれほど大変なのだから、英語はミツキにはタスクが多すぎると改めて思った。英文読みながら、日本語訳をしながら、どの文法を使うか考えて、穴埋めしたり、文の書換えをしたり、さまざまな問題に対応しなければならない。英語は積み重ねの学習だから、各単元の文法をしっかり理解して使いこなせないと、まとめテストでは太刀打ちできないのだ。

 脳内とは、こんな感じだろうか。例えば、単語や文法などの覚えたキーワードは、脳内の引出しの中に1つずつ納められる。テストの問題を読むと、問題の答に相応しいキーワードの入っている引出しが開けられて引っ張り出される。

「ワーキングメモリー」という言葉が、頭をよぎった。ミツキは、この数値が低かったことを思い出した。

 でも、諦めるものか。繰り返し学習すれば、時間がかかっても、いつかは身に着くのだ。

 私とミツキの戦いの日々が始まった。

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