悩みが尽きない

 サプリの摂取を止めて1か月経過した8月の半ば、野球の公式試合の応援に行った。ミツキはセンターでスタメン出場。2度センターフライをキャッチし、ホッと胸を撫で下ろした。しかし、フライキャッチはよかったが、試合には集中できていないようだった。フラフラ、ウロウロしている。打席も思わしくなく、8月以降まったく打っていないらしい。寺田先生からも「薬をちゃんと飲んでいるか」と聞かれたようだ。
 サプリを摂取しているときに劇的な改善は感じないものの、摂取しなければ、それなりにパフォーマンスへの影響があるということが判明した。塾も替わることだし、食事とサプリの2本柱に戻そうと思い直した。

 新しい塾は体験授業を経て、9月から正式な入塾となった。入塾の手続きで、塾長はなんだか迷惑そうだった。高飛車で感じの悪い塾長だとは思ったが、他に行き場がなかった。

 野球部は10分前集合が当たり前だ。野球を長く続けた人は、大人になっても10分前集合が身に着いているという話をよく耳にする。しかし、ミツキの場合は、野球以外では、遅刻ギリギリか、やや遅刻の連続だった。学校の朝登校はギリギリ、部活のための再登校は10分前、塾はやや遅刻。

 塾が近所になったことにより、始業時間に家を出る。よって、3分の遅刻。もちろん、早く家を出るように促しているが、本人にその気がないのだ。

 このころの私の日記には、毎日ミツキへの不満と不安と悩みが綴られている。

・ミツキにADHDの薬を飲ませるべきか

・サプリと薬どちらがいいのだろうか

・中間試験の結果がひどすぎる

・もう、かける言葉もない

・夫とミツキが成績のことでケンカ

・ミツキが怒り、スタンドライトを壊した

・ミツキも夫も大バカヤローだ

・塾にギリギリに行くし、授業中は眠そうにしている
 みたいだ

・本当にミツキがむかつく

・塾をやめると言ってほしいくらいだ

・ミツキには万策尽きた

 入塾する前にお願いした学習法は、やはり塾長に受け入れられていなかった。結局、前塾のテキストを使い、今までと同じ学習だった。つまり、ミツキはテキストの見出しを見て、その場限りの学習を続けていた。どこの塾に行ってもお願いしたようには、やってくれないだろう。ならば、そのフォローを家庭でしなければいけないと思った。
 だが、ミツキは親が勉強をみることを激しく拒んだ。私だって中学生に付きっきりになどなりたくない。でも、他にどんな方法があると言うのだ。

 ミツキは塾を辞めて1人で勉強すると言った。本当に1人で勉強できるのか確認するために、ミツキに課題を出した。期限を決めてテストを実施すると、予想通り全くできなかった。
 やはりミツキは1人では計画的に勉強を進めることは出来ない。今後は、英語の学習は私と進める旨をミツキに納得させた。

 塾の英語を辞めて、週3回すべて数学のみにしてもらおうと塾へお願いをしに行った。

「葉野さんね。葉野さんが初めに言ってきた勉強法をウチのスタッフに話したら、みんな笑ってましたよ」

 塾長はあざ笑った。

「そうですか。では、塾のやり方で2か月間週2回英語を習っていても、全く理解度が上がっていないことは、どう説明しますか?」

 そう質問したかったが、塾だけの責任ではないので黙って帰ってきた。

 家に帰ってから急に悲しくなった。自分の人生を振り返った。私は頭脳明晰ではない。中堅程度の高校を出て、パッとしない短大を出て。運動神経もごく普通で。これといって称賛されるようなことはなかったけれど、人に笑われたこともなかった。なんで私が、あの塾長にあざ笑われないといけないのだろうか。

 しばらく落ち込んだが、気を取り直して復活。高校受験まで、あと1年ちょっと。落ち込んでいる時間などない。
 私が絶対にミツキの成績を上げてやる。わははは。私は逆境に強いのだ。むしろ活力が湧くわ! ぬははははは。見てろよ塾長!

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塾②

 スクールカウンセラーの山崎先生には、塾ではなく家庭教師を勧められていた。大学で心理学を学んでいる学生に家庭教師を頼むといいのだそうだ。一般の家庭教師よりも低価格で、且つ、心理学を学んでいるから集中力のない子どものコントロールを心得ているからだ。
 私に、そんな都合のいい学生の心当たりはない。残念ながら山崎先生にも紹介のつてはないという。問合せ機関なども特になく、心理学部のある大学の生協に家庭教師募集の案内を出してもらうのだそうだ。
 上手くいけば素晴らしいが、初対面の学生に対して、私が面接や金額の交渉をすると考えると不安の方が大きかった。
 家庭教師は諦めたが、少人数制は譲れない。そこで、個別塾を選んだのだが、結局成果は上がらなかった。

 定期試験前の土日は塾長直々の通達により、半強制的にお弁当持参で塾に缶詰状態を強いられた。英数以外の教科のプリントも配布され、自習室で自主学習をするのだ。帰宅したミツキのプリントを見ると、5教科すべてほぼ未記入だった。試験前の貴重な時間を無駄にしてしまった。他の生徒に有益な缶詰状態も、自主的に学習を進めることの出来ないミツキにとっては意味がないことなのだ。

 この塾ではダメだと思った。もっと規模の小さい、先生の目が生徒1人1人に行き届く塾はないだろうか。

 ある日、滅多に通らない方面の近所を歩いていると、こじんまりとした塾を発見した。

 塾長は、大手学習塾で10年以上教鞭をとったあと、昨年この地で個人経営塾を始めたばかりの30代半ばの男性だった。

 この塾を私が気に入ったポイントは、大手塾のフランチャイズではないという点だった。大手塾のノウハウを生かしつつも、大手塾のマイナス面を省いた理想的な塾だと塾長は豪語した。

 1コマの授業料が安いので、今までとほぼ同額の月謝で週3回授業を受けることができた。新しいテキストを買わされることもない。

 個人経営塾なので、学習方法をミツキに合わせて融通が利くのではないかと期待した。

 塾長は、かなり自信満々な男性だった。何度も「ぼくは東京で数学の教え方が一番うまい」と繰り返した。ちょっと面倒くさそうな先生だと思ったが、それくらい自信がないと個人経営塾など開けないだろうと納得した。

 ミツキのこれまでの成績を見せると、「もっと早く僕のところに来てほしかったな」と言い、成績の悪いミツキの受け入れは、不満そうだった。高い実績がないと人気の塾にはなれないのだから、塾長も必死なのだろう。高学歴の実績ではなく、学力の底上げに特化した塾を目指してもらえるとありがたいのだが。

 私は無理を承知で「希望する学習内容」を塾長に提示し、それらを了承してもらえるなら入塾すると伝えた。

【英語】

・学校教科書の日本語訳の徹底

・学校教科書の英文記述の徹底

・学校教科書を繰り返し音読

・学校ワークを繰り返しやる

【数学】

・学校ワークを繰り返しやる

【注意点】

・時間管理の徹底

・次々に新しい問題を与えても定着しないので、同じ問題
 を繰り返す

 塾長は呆れ顔だった。これらは自主的にやることであり、塾でやることではないと言いたそうだ。だが、こちらとしては、自主的に出来ないから、塾にお願いしたいのだ。塾長は不服そうに渋々了承した。

 この塾には、中2の夏の家出事件後の後、お盆明けから通うこととなった。

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塾①

 中1の11月から個別塾に通い始め、英語と数学を受講していた。授業は週2日だけだが、自習室があるのでいつでも塾に行くことができる。塾側は授業のない日にも自習室を利用するよう勧めていたが、ミツキは行こうとしなかった。本来なら、私も勧めるべきなのだろうが、勧める気にならなかった。少しだけ自習室にいて、そのあと遊びに行かれては困るからだ。友だちと接触の少ない西の駅の塾を選んだが、遊ぼうと思ったらいくらでも移動できてしまうのだ。塾の宿題のためだけに自習室に行くなら、下手に家を出さない方がマシだった。ミツキには、どんなに優れた環境を与えようとも、正しく利用せず悪用してしまう難点があった。

 入塾後まもなくして、冬期講習を受けるよう勧められた。週2回の通常の授業とは別に36回分。内訳は、数学10回・英語26回。1回1時間半の授業で3600円。つまり冬期講習代13万円。通常授業と合わせると15万円超だ。

 たかが中1の数か月分の復習でこんなに金額がかかるとは。自分でヤル気になって、繰り返し問題集をやればタダだというのに。超名門校を目指しているなら、特別な授業が必要かもしれないが。私にはまったく納得がいかなかった。

「すみません。金額が高額なので、一旦持ち帰らせてください。主人に相談します」

 バカバカしくて、初めは大枚をはたく気にはなれなかった。しかし、ミツキは、英語をまったく理解できておらず、ピリオドさえまともに付けられないお手上げ状態だった。藁をもつかむ思いで冬期講習に懸けることにした。

 12月の初めから約2か月間に渡って、冬期講習の授業が入った。真面目に通い、宿題もサッと済ませていた。短期間に繰り返し学習しているので、基礎の定着が期待できそうに思えた。

 ところが、終わってみれば1ミリも理解度が上がっていないことが、その後の試験で判明した。

 13万円も払って、毎日のように塾に通って、いったいどうしたらこうなるのだろうか。

 ミツキの学習の様子を改めて観察してみると、すぐにその原因が分かった。

 どの英語の問題集も単元ごとに分けて学習していく。見出しには「be動詞」「助動詞」「現在進行形」などと書かれている。更に各単元の中でも肯定文、疑問文、否定文に分けて学習する。各単元の問題構成は次の通り。

1.穴埋め問題

2.日本語訳問題

3.並び替え問題

4.日本語から英文書換え問題

 誰もがこのような問題構成を経て、理解度を増して定着させていく。ところが、ミツキは定着しない。ミツキが問題を解いた形跡を確認すると、間違いはあまりない。正解はするのに、なぜ理解度が低いのか不思議だった。

 ミツキの場合、穴埋め問題では英文も日本文も全く見ずに、穴埋めだけを機械的にしていた。「be動詞」の肯定文では、主語が「I」だったら「am」、それ以外だったら「are」というように。「助動詞」の単元では、ひたすら「can、can、can、can……」と何も考えずに書き込んだ。

 並び替え問題では、一か八かの消去法を実践。簡単な文なので正解するが、ちょっと込み入った問題だとアウトだろう。

 各単元に書かれた見出しは、ミツキにとってはネックだった。英文を訳してみて、初めて「ああこれは、現在進行形の文だな」と考えてからの穴埋めなら、有効な学習となる。しかし、ミツキの場合は、見出しを見て答えを判断しているのだから、定着などするはずもない。

 他にも問題点は山積みだった。問題をやりっぱなしで、丸付けをしない。丸付け後は、間違った問題の解答を赤ペンで写す。振り返りをしない。繰り返しやるように促すと、訂正箇所だけ丸暗記してしまう。後日もう一度やってみると、同じ間違いをする。

 くどいようだが、13万円もかけているのだ。しかも個別塾で、生徒2人対先生1人だというのに、先生はミツキの学習態度に気付かないのだろうか。冬期講習後、ミツキの問題点を塾長に相談したが、改善はみられなかった。

 それから1か月後、今度は春期講習を提案されたが、丁寧に断らせていただいた。

「復習は家庭学習でがんばってみますので、今後、季節講習は受けません」

「お母さん、教えられるんですか?」

 塾で13万円かけても上がらなかった成績を私のような素人が上げられる自信などなかったが、無駄金を使うよりはよっぽどいいと思った。

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家出③

  「心配かけてごめんなさい」

 家に入る直前に、ミツキは言った。

「無事だったからそれはもういいよ。ただ、事の発端に戻ってミツキの考えを聞かせてほしい。明日は補習に行って、藤田先生に謝れるのかな?」

「それは、まだ考えてる」

 その後は何も話さず、お風呂に入り、食事をし、塾へ行った。言いたいことも、聞きたいこともたくさんあったが、せっつく気にはなれなかった。

 ミツキが塾に行っている間に、野球部顧問の寺田先生から電話があった。藤田先生との一件について、ミツキがまだ理解できていないことを伝えた。

「子どもたちにいつも言っていることがあります。部活をがんばりたければ、学校の全てのことに全力で取り組まないといけないと。だから、補習にはしっかりと出て欲しいです。きっと葉野は、意地になっているだけだと思います。明日、朝8時に私のところへ来るように伝えてください」

 帰宅したミツキに寺田先生の話を伝えた。寺田先生の言う通り、意地を張っているだけなのだろう。寺田先生から救いの手を差し伸べられたことで、表情から緊張が消えた。

 いつもは朝からダラダラしているミツキだが、翌日はシャキッと起き、寺田先生を待たせまいと、そそくさと出かけて行った。

 しっかりと3教科の補習を受け、すっきりとした表情で帰宅した。

「寺ティはやっぱりすごいよな。寺ティの話ならよく分かった」

 ミツキは寺田先生のことを親しみを込めて寺ティと呼んでいる。

 そんなに心に刺さる話だったら教えてほしいと聞かせてもらったが、私の意見と同じだった。結局は、信頼関係の問題なのだ。悔しいが仕方ない。何はともあれ、寺田先生のおかげで藤田先生にも謝れて、補習授業に戻れて、部活にも出られるのだから、一件落着である。

 その後、ポツリポツリと家出中の話しをしだした。

 夏とは思えないほど涼しくて、少しでも室内に居たかったことと、塾代のことで後々私に文句を言わさないため、手ぶらでも塾に行ったのだそうだ。

 塾の後は、同じ塾の先輩と小1時間ほど一緒にいた。先輩が帰った後は、1人で不安だったので、家の近所の公園にいた。次第に寒さに耐えられなくなり、自分のマンション内に入ったという。マンションには、住民がほとんど利用しない内階段がある。各階すべて鉄のドアで仕切られているので、暖を取ることができた。マンション内といえども心細く、家を出るときに持ち出した登山用ストックを握りしめて、うつらうつらしながら朝を迎えたのだとか。

 寂しさのあまり望月くんを訪ねる時間が早すぎて、望月くんは起きていないという痛恨のミス。お腹がすいたが、小遣いの持ち合わせが少ない。おにぎり3つとベーコンを買い、望月くんと小学生時代からの秘密基地へ行き、ベーコンを火で炙って食べたのだそうだ。そんな秘密基地があるとは知らなかったし、秘密基地ってなに? どこ? 中2で? と言いたくなるが、本人は大まじめだ。

 家出の感想は、やっぱり家っていいな。ありがたいな。お風呂に入れて、食事があって、ゆっくり眠れることの幸せに感じたそうだ。

 意地を張って、自分の非を認めずに家出したことについては、「中二病」という言葉で片付けられてしまった。当時のミツキは、中二病という言葉が大のお気に入りで、事あるごとに使っていた。その度に私は、とても不愉快な気持ちになった。

 ウィキペディアには、『中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動を自虐する語。転じて、思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄したネットスラング』とある。分かるような、分からないような、と思っていたら、もっと分かり易く説明している人のツイーとを発見。

よく反抗期と中二病を混同している人がいるので簡単に説明すると、「お父さんの入った後のお風呂なんかキモくて入れない! 先に入る! 」っていうのが反抗期で、「フハハハハッ!汚れなき聖水を一族の中で最初に浴びるのは天界に選ばれしこの我よ!」といって一番風呂をかっさらっていくのが中二病です

おもしろツイート祭り(@omoshiromonabot)

 ミツキが『新世界の神』というワードをよく口にしていることを思い出した。我が子ながら、やっぱりヤバいやつだなと思った。

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家出②

 ミツキが夫の制止を払って逃げたと聞いて、今晩は帰ってこないつもりなのだなと覚悟した。当然心配だが、身の安全が確保できているのであれば、これは必要な家出だと私は思っていた。

 私はミツキの行動を推理した。

①行動を共にする友人がいた場合

  →羽目を外す可能性がある

②共に行動する友人がいない場合

  →安全な場所で朝を待つだろう

③友人宅に泊めてもらう可能性は低い

  →自分から頼むことはない

  →進められても断るはず

 この時点で行動を共にしている人物がいるかを調べる必要があった。私は、ミツキと接触しそうな友人のお母さん数名に連絡を取った。みんな一様に驚いていて、もしミツキが接触してきたらすぐに連絡すると言った。

 ちなみにミツキには、当時携帯電話を与えていなかった。

 誰とも行動を共にしていないと言うことは、安全な場所を探して過ごしているのだと、私は自分に言い聞かせた。危機管理能力が備わっている子だから大丈夫。ミツキに夜の街を1人でぶらつくほどの勇気はない。そこまでアホな子ではないと必死に思おうとした。

 夏とは思えないほどの涼しい夜が、やっと明けた。半袖では夜通し寒かったことだろう。

 朝8時。望月くんのお母さんから電話が入った。

 望月くんとは、小学校6年間同じクラスだった子で、低学年のころはミツキと仲が悪かった。小学1年生のとき、我が家では語り草になっている「消しゴム事件」が勃発。ミツキの黒歴史となっている。ところが、6年生のときに2人は意気投合。中学校は別々になったが、休日にはよく遊んでいた。

「ミツキくん、少し前に家に来たみたい」

 望月さんの話によると、新聞を取りに外に出た望月くんの弟が家の前にいるミツキと遭遇。「兄はまだ寝ている」と伝えると「昼ごろまた来る」と言って去ったとのこと。

「私はこれから仕事で出るけど、ミツキくんが来たら、うちの子から私に連絡がくるから、葉野さんにメールするね」

 望月さんのおかげで、ミツキの無事が確認できて心底ほっとした。

 この日の補習授業を欠席するに当たり、担任の木本先生に連絡をした。前日の学校での藤田先生との一件から家出までの顛末と、帰宅はしていないものの、安否の確認は取れている旨を伝えた。また、部活も休むことは、木本先生から野球部顧問の寺田先生に伝えてくれることとなった。

 昼ごろ、望月くん・野島くんと合流したとの情報が入った。3人でいたのは、野島くんが部活に行く前の1時間ほどだった。

 望月さんや野島さんの情報から、ミツキが近くにいることは分かっていた。迎えに行って無理やりにでも連れて帰ることも考えた。しかし、それでは意味が無いような気がして行動に移せなかった。

 こんなとき、親は普通どう行動すべきなのだろうか? 普通がよく分からなかった。家出は、一晩で十分だった。誰とも接触せずに、1人でひっそりと夜を過ごしたのだろう。反省しているかどうかはともかく、ミツキなりの何かを感じたに違いない。あとは、ミツキが自分から家に帰ってくれば、何も言わずに家に入れようと思っていた。

 しかし、刻々と時間は過ぎ、夕方5時を過ぎても帰らなかった。まだ十分外は明るかったが、日が暮れたらミツキも帰り辛いだろうし、私も怒りがぶり返しそうだった。そのとき、担任の木本先生から電話が入った。

「葉野くんは、帰りましたか?」

「いいえ。まだです」

「では、これから探しに行きます」

「あ、先生大丈夫です。居場所はだいたい分かっていて、私も今、家を出ようとしていたところなので」

 まずい。先生が先に動いてしまった。私は慌てて、目撃情報のあった公園へと向かった。

 公園に着くと望月くんが1人でベンチに座っていた。

「もっちゃん。あれ? ミツキは?」

「あ、すぐに戻ると思います」

「もっちゃん、ミツキに付きあってくれて、ありがとう。お母さんにもよろしく伝えてね」

 望月くんと話していると、ミツキがのん気に公園に入ってきた。そして、私を見てギョッとして立ち止った。

「ミツキ、もう帰るよ。家族だけじゃなく、学校の先生や友だちのお母さんたちまで心配してくれているんだよ」

 ミツキの方に話しかけながら近づいた。

「葉野くん! 」

 公園の向かい側の道路から女性の声が聞こえた。目を向けると、木本先生が立っていた。私とミツキが同時に先生の方に体を向けると、先生の視界に私も入ったようで、一気に安堵の表情になった。

「葉野くん、無事だったんだね。よかった」

「木本先生、ありがとうございます。お騒がせして申し訳ありません」

「無事だったら、それでいいです。葉野くん、お母さんと帰りなさいよ」

 木本先生と望月くんに礼を言って公園を後にした。

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家出①

 夏休み初めの1週間は、午前中に希望制の補習授業があった。英語・数学・国語の3教科で、ミツキはすべて参加を希望していた。

 補習授業4日目。ミツキが、いつもより早く帰宅した。翌日も補習授業があるのに、手には上履きをもっている。なにやら怒りで興奮しているので、少し落ち着かせてから詳しく話を聞くことにした。

 その日は1時間目が英語の授業だった。英語の授業と2時間目の国語の授業は問題なく終了し、3時間目の数学の授業に出るために廊下を歩いていると、向かいから英語の藤田先生が歩いてきて2人はすれ違ったという。

「葉野くん、先生とすれ違がうときは、挨拶くらいしろよ」

「はい」

「はい、じゃないんだよ。なんで挨拶しないんだよ」

「いや、1時間目の授業でもう挨拶したから」

「そういう問題じゃないだろ」

「え、ダメなんですか?」

「当たり前だろ。なんだその態度は。そんなヤツに授業受ける資格はない。帰れ。明日からもう来るな」

「分かりました」

 こうして、ふて腐れたミツキは帰ってきた。

「帰れと言われて、普通帰らないよね。ミツキ、この前言ってたじゃん。野球部で寺田先生に帰れって言われた先輩が本当に帰って大変だったって。謝らないといけないって」

「それとこれとは話が別だよ。藤田はいつも気分で怒り出すんだよ。突然怒り出すから訳分からないんだよ」

「藤田じゃなくて、藤田先生でしょ。突然怒り出したわけじゃないでしょう。廊下で先生とすれ違ったら、挨拶するものでしょう」

「1時間目にもうしたよ」

「いや、そうじゃなくて。すれ違う度に軽く会釈するんだよ」

「なんでだよ!」

「それが、コミュニケーションだから!」

「そんなことしたくない。それに、挨拶しないとどうして授業に出ちゃいけないんだ。藤田はいつもいきなり怒り出すんだ」

 ミツキは、藤田先生がいきなり怒り出したと繰り返し主張した。しかし、そうではないと思う。補習2日目の英語の授業に、ミツキは遅刻した。ミツキが教室の前に行くと、数人の男子生徒が教室の後ろに立たされ、遅刻したことを叱られていた。ミツキは慌てて身を隠し、その日の英語の授業には出席しなかった。無断欠席である。藤田先生はそのことも含め、ミツキに礼儀を教えたかったのだと思う。しかし、どう説明しようとも、ミツキは聞く耳を持たなかった。

「私、藤田先生の気持ち分かるな。こんなに説明しても、我を張って非を認めない人間に授業を受ける資格はないと思ったんだよ。私だってそういう気持ちになる。こんなにも分からない人は、この家にも居てほしくない」

「はあ? なんでそうなるんだよ」

「礼儀を欠いたミツキが、ことの発端だよ。売り言葉に買い言葉だったのかもしれない。だとしたら、早めに藤田先生に謝るべき!」

「謝る気はない!」

「じゃあ、我が家の教育方針とは違うから出て行けってなるね」

 こんなやり取りを数回するうちに、夕方5時、ミツキは荷物をまとめて出て行った。

 家出はもちろん心配だったが、ミツキにはじっくり考える時間が必要だと思った。夜遅くなれば反省して帰ってくるだろうと高を括っていた。

 この日、本来なら午後から野球部の練習があった。無断欠席だ。

 暗くなってもミツキは帰ってこなかった。家出に気を取られて忘れていたが、その日は塾の日だったことを思い出した。
 塾に電話をすると、ミツキは塾にいた。テキスト類を持っていなかったので塾長がミツキに事情を聴き、授業が終わったらちゃんと家に帰るようにと諭してくれたそうだ。ミツキも「帰ります」と答えたと言う。お礼を言い、塾帰りに迎えに行くと言って電話を切った。

 帰宅した夫に伝えると、夫はすぐにミツキを迎えに塾へと向かった。そして、ほどなくして夫だけ帰宅した。夫は怒りを隠せない様子だった。

「あんなやつ、放っとけ!」

 ミツキは夫の手を払いのけて逃げたのだそうだ。塾に行ったことを偉いと思っていただけに、余計にがっかりした。

 この晩、ミツキは帰ってこなかった。

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サプリ一時停止

 栄養療法を始めて4か月、家でも学校でも徹底してやってはいるが、学習面・集中力・ヤル気に劇的な変化は一切なかった。しかし、花粉症が例年より軽く済んだことや、爪の表面の筋がなくなったことや、ニキビや口内炎ができにくくなったことは確かだった。お肌が気になる美容男子としては喜ばしいことで、意欲的に取り組んでいた。

 本人が意欲的なことはありがたいことなのだが、私の期待通りにいかないことは、どうも気にいらなかった。中間試験も散々な結果だったのだ。

 また、ミツキが学校の体育の授業でプールに入らないことも気にいらないことの1つだった。小学生時代からミツキは、寒いことを理由にプールの授業をサボろうとした。入ってもすぐに上がって見学体制になった。泳げないわけではない。家族で海に行くと、勝手に沖に向かって泳ぎだすので目が離せなかった。学校のプールは梅雨の寒い時期でも入らなければないことや、自由に泳げないことが嫌なのだそうだ。

 中学では毎回見学。筆記試験で燦燦たる点数を取り、授業も見学では、通信簿に「2」がついて当然だ。むしろ「1」でないことに、先生の愛を感じる。

 食費とサプリメントで家計を圧迫しているというのに、相変わらずやりたくないことから逃げるミツキ。お肌への関心と薬と病院好きが高じて、サプリメントは忘れずにせっせと飲む姿を見ると苛立ちを感じた。

 私だって頭では分かっている。腸内環境が整うことによって肌や口内や爪のトラブルがなくなり、花粉症も改善した後、これから脳アレルギーの改善がみえてくるのだと。

「プールに入らないなら、水着代5,000円返せ」

「今、1,200円しか持ってないから無理」

「え! 2週間前に誕生日祝いでたくさんもらったばかりじゃん。何に使ったの?」

「分からない」

「小遣い帳つけろ!」

 最悪なことに、苛立つままに夏休みに突入。

 夏休みに入ってすぐに三者面談があった。担任は、中学3年生の息子さんをもつ同年代の女性の先生で、木本先生といった。

 友だちとの関係は良好で、授業中も静かにしていると、木本先生は話してくれた。以前より落ち着いているようだとホッとした。ところが、ホッとしたのも束の間。

「進学ということでいいかな?」

 木本先生が真面目に質問してきた。これは、つまり成績が悪すぎてこのままでは進学は危ういということだろうか?

「はい。進学で」

 心なしか声が小さくなる。

「夏休みは、復習してね。葉野くんは、補習授業の希望をしているね。出席してね」

「はい」

 ミツキの返事が小さい。ちょうどその日、午前の補習授業をサボったばかりだった。

 木本先生にミツキがプールの授業を受けなくて困ると話すと、木本先生は知らなかったようで驚いていた。小学校の担任のようになんでも把握している訳ではないのだ。先生がミツキに理由を聞いた。

「プールの水に浸かりたくないんです。家のお風呂でも一番風呂以外は湯船に浸かりません」

 予想もしなかった答えが返ってきた。ミツキの自分勝手さに心底腹が立った。

 温泉は入るだろうが! 学校以外のプールは入るだろうが! 海も入るだろうが! 毎日毎日シャワーをジャージャー使いやがって! おまえのせいで、水道代が5,000円も上がったんだぞだぞ! 金返せ! 

 このとき私は決心した。栄養療法は続けるが、サプリメントはもう買わない!

 実は、1週間程前からサプリメントをきらしていた。早く注文しなければと思いつつ、嫌気がさしていたのだ。

 どうせ、家で自主的に学習するわけない。夏休み中は、サプリメントも休みたい。そんな風に思っていたのだ。

 サプリメントを止めることで、何か変化があるのか。サプリメントを飲んでも私の期待する変化がないからこそ、飲まない場合の変化をみたかった。

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