葉野ミツキの育て方

そんなトリセツ、あったらいいのに

家出①

 夏休み初めの1週間は、午前中に希望制の補習授業があった。英語・数学・国語の3教科で、ミツキはすべて参加を希望していた。

 補習授業4日目。ミツキが、いつもより早く帰宅した。翌日も補習授業があるのに、手には上履きをもっている。なにやら怒りで興奮しているので、少し落ち着かせてから詳しく話を聞くことにした。

 その日は1時間目が英語の授業だった。英語の授業と2時間目の国語の授業は問題なく終了し、3時間目の数学の授業に出るために廊下を歩いていると、向かいから英語の藤田先生が歩いてきて2人はすれ違ったという。

「葉野くん、先生とすれ違がうときは、挨拶くらいしろよ」

「はい」

「はい、じゃないんだよ。なんで挨拶しないんだよ」

「いや、1時間目の授業でもう挨拶したから」

「そういう問題じゃないだろ」

「え、ダメなんですか?」

「当たり前だろ。なんだその態度は。そんなヤツに授業受ける資格はない。帰れ。明日からもう来るな」

「分かりました」

 こうして、ふて腐れたミツキは帰ってきた。

「帰れと言われて、普通帰らないよね。ミツキ、この前言ってたじゃん。野球部で寺田先生に帰れって言われた先輩が本当に帰って大変だったって。謝らないといけないって」

「それとこれとは話が別だよ。藤田はいつも気分で怒り出すんだよ。突然怒り出すから訳分からないんだよ」

「藤田じゃなくて、藤田先生でしょ。突然怒り出したわけじゃないでしょう。廊下で先生とすれ違ったら、挨拶するものでしょう」

「1時間目にもうしたよ」

「いや、そうじゃなくて。すれ違う度に軽く会釈するんだよ」

「なんでだよ!」

「それが、コミュニケーションだから!」

「そんなことしたくない。それに、挨拶しないとどうして授業に出ちゃいけないんだ。藤田はいつもいきなり怒り出すんだ」

 ミツキは、藤田先生がいきなり怒り出したと繰り返し主張した。しかし、そうではないと思う。補習2日目の英語の授業に、ミツキは遅刻した。ミツキが教室の前に行くと、数人の男子生徒が教室の後ろに立たされ、遅刻したことを叱られていた。ミツキは慌てて身を隠し、その日の英語の授業には出席しなかった。無断欠席である。藤田先生はそのことも含め、ミツキに礼儀を教えたかったのだと思う。しかし、どう説明しようとも、ミツキは聞く耳を持たなかった。

「私、藤田先生の気持ち分かるな。こんなに説明しても、我を張って非を認めない人間に授業を受ける資格はないと思ったんだよ。私だってそういう気持ちになる。こんなにも分からない人は、この家にも居てほしくない」

「はあ? なんでそうなるんだよ」

「礼儀を欠いたミツキが、ことの発端だよ。売り言葉に買い言葉だったのかもしれない。だとしたら、早めに藤田先生に謝るべき!」

「謝る気はない!」

「じゃあ、我が家の教育方針とは違うから出て行けってなるね」

 こんなやり取りを数回するうちに、夕方5時、ミツキは荷物をまとめて出て行った。

 家出はもちろん心配だったが、ミツキにはじっくり考える時間が必要だと思った。夜遅くなれば反省して帰ってくるだろうと高を括っていた。

 この日、本来なら午後から野球部の練習があった。無断欠席だ。

 暗くなってもミツキは帰ってこなかった。家出に気を取られて忘れていたが、その日は塾の日だったことを思い出した。
 塾に電話をすると、ミツキは塾にいた。テキスト類を持っていなかったので塾長がミツキに事情を聴き、授業が終わったらちゃんと家に帰るようにと諭してくれたそうだ。ミツキも「帰ります」と答えたと言う。お礼を言い、塾帰りに迎えに行くと言って電話を切った。

 帰宅した夫に伝えると、夫はすぐにミツキを迎えに塾へと向かった。そして、ほどなくして夫だけ帰宅した。夫は怒りを隠せない様子だった。

「あんなやつ、放っとけ!」

 ミツキは夫の手を払いのけて逃げたのだそうだ。塾に行ったことを偉いと思っていただけに、余計にがっかりした。

 この晩、ミツキは帰ってこなかった。

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