家出③
「心配かけてごめんなさい」
家に入る直前に、ミツキは言った。
「無事だったからそれはもういいよ。ただ、事の発端に戻ってミツキの考えを聞かせてほしい。明日は補習に行って、藤田先生に謝れるのかな?」
「それは、まだ考えてる」
その後は何も話さず、お風呂に入り、食事をし、塾へ行った。言いたいことも、聞きたいこともたくさんあったが、せっつく気にはなれなかった。
ミツキが塾に行っている間に、野球部顧問の寺田先生から電話があった。藤田先生との一件について、ミツキがまだ理解できていないことを伝えた。
「子どもたちにいつも言っていることがあります。部活をがんばりたければ、学校の全てのことに全力で取り組まないといけないと。だから、補習にはしっかりと出て欲しいです。きっと葉野は、意地になっているだけだと思います。明日、朝8時に私のところへ来るように伝えてください」
帰宅したミツキに寺田先生の話を伝えた。寺田先生の言う通り、意地を張っているだけなのだろう。寺田先生から救いの手を差し伸べられたことで、表情から緊張が消えた。
いつもは朝からダラダラしているミツキだが、翌日はシャキッと起き、寺田先生を待たせまいと、そそくさと出かけて行った。
しっかりと3教科の補習を受け、すっきりとした表情で帰宅した。
「寺ティはやっぱりすごいよな。寺ティの話ならよく分かった」
ミツキは寺田先生のことを親しみを込めて寺ティと呼んでいる。
そんなに心に刺さる話だったら教えてほしいと聞かせてもらったが、私の意見と同じだった。結局は、信頼関係の問題なのだ。悔しいが仕方ない。何はともあれ、寺田先生のおかげで藤田先生にも謝れて、補習授業に戻れて、部活にも出られるのだから、一件落着である。
その後、ポツリポツリと家出中の話しをしだした。
夏とは思えないほど涼しくて、少しでも室内に居たかったことと、塾代のことで後々私に文句を言わさないため、手ぶらでも塾に行ったのだそうだ。
塾の後は、同じ塾の先輩と小1時間ほど一緒にいた。先輩が帰った後は、1人で不安だったので、家の近所の公園にいた。次第に寒さに耐えられなくなり、自分のマンション内に入ったという。マンションには、住民がほとんど利用しない内階段がある。各階すべて鉄のドアで仕切られているので、暖を取ることができた。マンション内といえども心細く、家を出るときに持ち出した登山用ストックを握りしめて、うつらうつらしながら朝を迎えたのだとか。
寂しさのあまり望月くんを訪ねる時間が早すぎて、望月くんは起きていないという痛恨のミス。お腹がすいたが、小遣いの持ち合わせが少ない。おにぎり3つとベーコンを買い、望月くんと小学生時代からの秘密基地へ行き、ベーコンを火で炙って食べたのだそうだ。そんな秘密基地があるとは知らなかったし、秘密基地ってなに? どこ? 中2で? と言いたくなるが、本人は大まじめだ。
家出の感想は、やっぱり家っていいな。ありがたいな。お風呂に入れて、食事があって、ゆっくり眠れることの幸せに感じたそうだ。
意地を張って、自分の非を認めずに家出したことについては、「中二病」という言葉で片付けられてしまった。当時のミツキは、中二病という言葉が大のお気に入りで、事あるごとに使っていた。その度に私は、とても不愉快な気持ちになった。
ウィキペディアには、『中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動を自虐する語。転じて、思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄したネットスラング』とある。分かるような、分からないような、と思っていたら、もっと分かり易く説明している人のツイーとを発見。
よく反抗期と中二病を混同している人がいるので簡単に説明すると、「お父さんの入った後のお風呂なんかキモくて入れない! 先に入る! 」っていうのが反抗期で、「フハハハハッ!汚れなき聖水を一族の中で最初に浴びるのは天界に選ばれしこの我よ!」といって一番風呂をかっさらっていくのが中二病です
おもしろツイート祭り(@omoshiromonabot)
ミツキが『新世界の神』というワードをよく口にしていることを思い出した。我が子ながら、やっぱりヤバいやつだなと思った。