【こぼれ話】 指しゃぶり対決

 ミツキは、暇さえあれば右手親指をおいしそうにしゃぶっていた。3歳ともなると指しゃぶりをする子はまわりにほとんどいなくなる。定期歯科検診では上の前歯の歯並びが悪くなりつつあると警告され、早急にやめさせるようにと注意を受ける。困ったものだと思いながらも徹底的にやめさせようという気持ちになれない私がいた。

 なぜなら、私自身が小学3年生の夏まで指しゃぶりをやめられなかったからだ。

 私が子どもの頃は、定期歯科健診を受けることがなかったせいか、小学校に入学するまでは親に注意された記憶があまり無い。しかし、小学生になった途端、親指に絆創膏を貼られたり、ワサビを塗られたりと困った日々が始まった。

 いつまでも指しゃぶりをしているのは恥ずかしいことだという認識はもちろん私にもあった。なんとかしてやめたいのだが、気が付くと指をしゃぶっているのだ。そして妙においしく感じる。

 神仏問わず、祈る機会があれば「どうか、指しゃぶりが治りますように」と祈り続けた。しかし、祈りの甲斐なく学校の通信簿に「授業中に指しゃぶりをしています」と書かれて親に大目玉を喰らってしまった。

 先生に注意される日々だったが、不思議とクラスの友人たちから中傷されることはなかった。私なりに、友人たちには気付かれないよう注意を払っていたのだ。

「3年生まで私が指をしゃぶっていたこと知ってた?」

 大人になったある日、小学生時代からの友人に聞いたことがある。

「知ってたよ。クラス中みんな知ってたよ。当たり前でしょう? いつも堂々と指しゃぶってたじゃない。でもね、みんな気を遣ってなにも言わなかったんだよ。今のこんな時代だったらキモイとか言われていじめに遭ってたかもね」

 即座に返ってきたその返事に、驚いた。私が、堂々と指をしゃぶっていた? 情けないやら、恥ずかしいやら。当時のクラスメイトに感謝である。

 私は相当やばいヤツだったようだが、ミツキは、しっかりと指しゃぶりTPOを守っていた。

 プレ幼稚園に入ると、人前では絶対に指をしゃぶらなかった。家に帰るときれいに丁寧に手を洗い、ソファーに座ってからおもむろに指をしゃぶりだす。

 4歳で指しゃぶりTPOをわきまえられるのであれば、小学校入学前には指しゃぶりを卒業するだろうと思っていたが、上手くコントロール出来るがゆえに続いていった。

 ちなみに、私が卒業したのは小学3年生だった。ある寝苦しい夏の夜のこと。いつものように自然と指をしゃぶりウトウトしかけたとき、曲げた肘内側が汗ばみ暑かったので、バンザイのポーズをした。布団からはみ出し、畳に投げ出した腕がひんやりとして気持ちがよく、すぐに眠ってしまった。

 翌朝、指しゃぶりなしで眠れたことを思い出し、これはいけると思った。それからというもの毎晩意識してバンザイポーズを整えてから眠りに就いた。不思議と日中も指しゃぶりをしなくなった。

 私が偶然の産物でなんとか卒業したのに対して、ミツキは2年生に自らの意志で卒業した。

「6月1日から夜寝るときの親指しゃぶりをやめているんだ。1か月以上経ったぞ」

 そう報告を受けたとき、少し悔しかった。

「あともう少し日が過ぎたら、試しにもう1度しゃぶってみるといいよ。指がまずく感じたら指しゃぶりと真の決別といえるよ」

 悔し紛れに先輩風を吹かせて助言すると、ミツキは大きく頷きながらどや顔で言った。

「もうやってみた。まずかったぜ」

 私より1年早く、しかも自らの意思で卒業したミツキ。完敗を認めざるをえない。

 負け惜しみを言わせてもらうと、同じ右利きである私とミツキであるが、しゃぶっていた指は、ミツキが右で私が左だったことが関係しているのではないかと思っている。

 それからもう1つ。ミツキは小学4年生のとき、学校の歯科検診で噛み合わせが悪いと診断を受けた。悪いと思ったことがなかったので驚いた。慌てて歯科医院に行き、5万円のマウスピースを購入。毎晩装着して寝た。10か月ほどで標準的な位置になったと診断を受けて装着は終了。

 当時は気付かなかったが、今になってマウスピース装着前後の写真を見比べると、全然顔が違う。マウスピース5万円高っ! と思ったが、あのときやっておいて本当に良かったと思う。

 ちなみに、私の噛み合わせは、悪くない。

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