脱 偏見

 毎年11月に行われる送別大会で6年生は引退となるので、ミツキが入部したときにはすでにチームは新体制となっていた。チームは、4,5,6年生のAチームと1,2,3年生のCチームに分かれていたが、稀に3,4年生でBチームとしての試合もあった。
 Aチームは新6年生が6名、新5年生が3名、新4年生が8名だった。新4年生には、1年生から続けている上手な子もいた。学年としては新5年生のミツキはAチームだが、いきなりAチームになるのは不安だった。

 初めての試合の日、リオを連れて野島さんと応援に行った。ミツキが試合に出るわけがないので、正直なところ、応援に行く気になれなかった。しかし、野球少年の母には、試合中のお茶出しや選手のケアなどの仕事があるので、それを見ておこうと思った。

 野島くんは早くも先発メンバーに選ばれていたので、応援のし甲斐があった。野球好きではない上にスポーツ観戦の趣味もないので、知っている子が出ないと気持ちが盛り上がらないのだ。

 試合中、ふとベンチのミツキに目をやった。ミツキは、ベンチにいるのにヘルメットをかぶっていた。飛んできたファールボールをすぐに拾いに行き、ボールを拭いて、試合の合間を見計らって主審にボールを持って行った。主審の前でヘルメットを左手でちょっと持ち上げ、主審への礼儀も忘れない。控えの選手には、控えの選手なりの役割がある。それをまっとうする姿にミツキの成長を感じ、目頭が熱くなった。

 ルールのある遊びが嫌いで、鬼ごっこもまともに出来なかった子が。自由だけを求めていた子が。人のために何かをするなど考えたこともなかった子が。今、私の目の前で甲斐甲斐しく動きまわるミツキは、かつて私の知っているミツキではなかった。野球の力ってすばらしい。自分の意志で選んだことをやるってすばらしいと思った。

 ボールを磨き始めると、試合そっちのけで磨いてしまう過集中が玉に瑕だったが、それ以外は私の目にはパーフェクトだった。

 しばらくして、練習試合ならミツキも後半に少しだけ出場できるようになった。9番ライト。守備としてはもっともボールが飛んできにくい場所だ。さぞかし暇であろうと思っていたが、そうでもない。

 野球ファンの人には呆れられそうだが、私はライトはライト方面の打球以外は、知らぬ存ぜぬだと思っていた。ところが、常にファーストのカバーに動き、忙しい。私は、ランナーが2塁や3塁にいる場合でも、1塁でアウトをとることさえ知らなかった。センターのカバーもするし、もちろんライト方面の打球の処理もする。ひとりの守備範囲が非常に広く、ぼーっとしている暇などない。

 ミツキが塁に出た時に気付いたのが、コーチャーの存在だ。1塁と3塁の外側にL字型の枠がある。コーチャーはそこに入り、ランナーから見えない守備の状況を実況し、盗塁などの指示を出す。3塁側のコーチャーは、2塁と3塁の指示をするので大変だ。

 攻めているとき、ベンチの選手たちは休憩かと思いきや、忙しい。バッターをひたすら応援する。応援歌は何曲もある。

 野球選手、野球ファンの方々には申し訳ないが、私はあまりにも野球を知らなかった。野球ってすごい!全ての選手が緊張感を持って、試合に集中している。なんて奥の深いスポーツなのだろう! 私は野球に対してあまりにも偏見を持ち過ぎたと反省した。これまでの私の野球に対するイメージはひどかった。

 表立って活躍しているのは、ピッチャーとキャッチャーとバッターだけで、両チーム合わせて18人もいるのに、その他の選手がいったい何をしているのか見えてこなかった。外野の選手は、自分の打席が回ってくるとき以外はきっとものすごく暇で守備位置にぼーっと突っ立って「あー早く終わらないかな」と考えているに違いないと思っていた。

 個人競技ならひとりで戦い続ける。チーム競技でもバレーボールやバスケットボールは、コートの中で激しくボールが飛び交い、一瞬たりとも気が抜けない。サッカーやラグビーは、選手たちが一斉にボールに群がっていて、選手全員に緊張感を感じるが、野球にはその緊張感がないように感じていた。

 ミツキが野球を始めてくれたおかげで、野球に対する偏見がなくなり、観戦を楽しめるようになった。

 ついでにもう1つ。野球のユニフォームについて不満があった。なぜ、野球だけユニフォームがごちゃごちゃしているのか。靴下を履き、ストッキングを重ねて履き、裾を内側に折り曲げて微妙な長さのパンツを履き、アンダーシャツを着て、半袖の上着を着て、ベルトを締める。

 洗濯が大変だ。何か減らせるものはないのか。とりあえずストッキングからやめてみようよ。そうぼやきながら洗濯する日々だった。

 「野球のストッキング」でネット検索したら、ストッキングにはスライディングの際にすねを保護する役目があると知った。それを知った途端に、洗濯が苦ではなくなった。

 何でも偏見を持たず、知るということは大切だ。

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