葉野ミツキの育て方

そんなトリセツ、あったらいいのに

おしゃべりタイム

 ミツキとの勉強がなかなか進まない原因は、本人のやる気のなさや、覚えの悪さ以外にもあった。それは、ミツキに乗せられて、つい私もおしゃべりしてしまうことだった。例えばこんなおしゃべりだ。

「四則計算ができれば生きていけるんだから、数学なんていらないよ。研究者になるとかそう人だけやればいいんだ」

「そうだね。確かに大人になって、因数分解することないものね。でもね、私は答えを出すだけが数学ではないと思うの。数学の答えを導き出すためのプロセスが、快適に生きるために重要だから学ぶのだと思うの」

「なんで?」

因数分解の答えを導き出すために、今まで習った計算や公式などの理論を総動員させるよね。この問題を解くためには、これが必要だって、自分で選んでいくでしょう? ものごとを順序立てて解決に導くための練習を数学で学んでいると思うの。証明問題なんて、特にそうだよね。対応する辺や角を見つけ出して、順番に説明して、最終的に二辺とその間の角が等しいので合同の三角形みたいな。もし、ミツキが何かの事件に巻き込まれたとして、自分の無実を証明するために、順序立てて無実を立証するのにも役立つと思うよ。もちろん会社でプレゼンするときもね。こういうことって、国語力だけでなく、数学の答を導き出すプロセスも重要だと思うの」

「なるほど、じゃあやるしかないな」

「はい、話しはここまで。ワークに戻りましょう」

 また、あるときはこんなおしゃべりだ。

「化学記号は、いらなくね?」

「私も思った。特に高校生のときの化学反応式。
水素+塩素=塩化水素、みたいな式が何十個もあったの。それのテストがあって、合格するまで再テストになるのね。初日のテストでは不合格者が大勢いて、黒板に名前がずらっと並んでたわけ。次のテストで合格者の名前が黒板消しで消されて、日に日に黒板の名前が歯抜け状態になってね。ある日、私の上の名前を消した時に、私の名前も消えかかったの。『このまま消えろ』って心の中で叫んだと同時に先生が気づいて、書き直したから誰よりも濃くなってね。ついには、女子が1人もいなくなって……
 すごく恥ずかしいとは思うんだけど、やりたくないって気持ちの方が大きくて逃げていたの。そうしたらね、友だちに「部活では常に一生懸命なのに、勉強は逃げるんだね」って言われたの。なんか急にウォーってやる気が出てきて、がんばったらあっさり合格しちゃった。でも、理解して覚えた訳ではなくて、一夜漬けの丸暗記だからすぐ忘れちゃったけどね。やっぱり化学反応式なんて人生において意味ないなって思ったの。
 ところが、会社に入社したときに、やっぱりがんばってよかったと思い直したんだよ」

「え? なんで?」

「入社してすぐに大量の資料を渡されて、1週間の研修中に覚えるように言われたの。あまりの量にびっくりしたんだけど、そのときふと、あの訳の分からない化学反応式が覚えられたんだから、この資料の内容の方が覚えやすいだろうって思ったし、あのときがんばれたんだから、今回もがんばれるって思ったんだよね。つまりさ、やりたくない、やっても意味が無いって思える勉強でも、がんばっておけば、あのとき自分はがんばれたっていう実績になるわけ。だからね、逃げないで何の勉強でもがんばることが大事なんだよ」

「なるほど、自信の実績ね」

「はい、長い話になった。ワークに戻ります」

 約2時間でこういった中断が2、3回は必ず入る。ミツキの誘いは何回もあるが、一応厳選しておしゃべりに乗っていた。話しかけてくるということは、集中力が切れた証拠なので休憩時間の役割もあった。私とミツキにとってのリフレッシュタイムだった。さらには、これからのミツキの人生にとって必要な情報提供だと自負もしていた。

 しかし、ある日夫からケチがついた。

「ミツキの勉強が捗らないのは、ママのそのおしゃべりが原因だよね」

「はあ?」

 私のせいですと? 言ってくれますな。

「パパ、明日の日曜日は、リオとディズニーシーに行く約束してるんだ。だから、明日はパパがミツキの勉強をみてやってくれる?」

「おお、分かったよ。お父さんがみてやるよ」

 次の日、リオと夢の国を満喫して帰宅すると、ミツキは勉強していなかった。

「あれ? パパ、ミツキと勉強はどうしたの?」

「今日やるんだっけ?」

 とぼけやがって、コノヤロー。やりたくない日でもこっちは毎日やってんだよ! 自分は約束も守れないくせに、気軽に口挟んでくんじゃねーよ! と久しぶりに腹が立った。

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