カオス①

 ミツキに小児神経科への受診を促した翌日は、3回目のカウンセリング予約日だった。

 早速、山崎先生に前日のミツキとのやり取りを話した。

「一旦は突っぱねましたけど、それなりにミツキくんは考え始めると思うんです。だから、少し待ってみましょう」

 焦らず、困ったことに直面したときに、もう1度声を掛けようと思った。

 カウンセリングは、開始10分で話が終わってしまった。
 そこで、数日前担任の持田先生からきた電話の内容を話した。それは、理科の実験でのミツキの行動についてだった。

 

 理科の実験の授業でのこと。実験でアルコールランプを使うため、予備を含めて4本ずつのマッチが各班に配られた。実験が終わりアルコールランプを返却する際、先生からの指示がなくとも、どの班も未使用のマッチを返却した。ミツキの班も返却したものと思われた。しかしその数時間後、ミツキがポケットからハンカチを取り出す際、2本のマッチを廊下に落としたことにより、返却をしなかったことが発覚した。

「ミツキくんには注意をし、本人も反省していますので、まずはご報告まで」と持田先生は言った。

 帰宅したミツキに先生から電話があった旨を伝え、事の次第を理解しているか確認した。

「一旦配られたわけだから、もうオレたちの物じゃん。別に返さなくてもよくね?」

「おーっと、やっぱりそう思っていたか。4本配られたけど、あくまでも予備に4本なの。本当は1本で足りるところ、上手く火を点けられなかったときのために多く配られたの。残りを毎回持って帰ったら、学校の備品がどんどんなくなるじゃない。あくまでも、未使用のマッチは学校の物です。つまり、あなたは窃盗罪です。ていうか、そもそも残りのマッチ何に使うの?なんで持って帰ったの?」

「何かに有効活用できるかなと」

「ない、ない。もしさ、時を同じにして近くで不審火があってさ、あなたのポケットからマッチが出てきたら、疑われるよ。余計な物持つな」

「おお、確かに」

「ニュースでも、ときどきあるじゃん。駅のホームでケンカしてカッとなってナイフで刺してしまったとか。そもそも何でナイフ持ち歩いているんだってって話よ。余計な物持つな」

「なるほど」

「ミツキはさ、衝動的タイプだから、何かやる前に1秒でいいから『やっていいのかな』って考えて。そして予め言っておく。ふと思いついたことは大抵ロクなことないから、やめておけ」

 

 このようなくだりがあったと山崎先生に話すと、先生の表情が変わった。

「ものすごくヘンな話をするから、聞き流してもらっていいんだけど・・・」

 言いづらそうな先生の表情に戸惑う私。

「ミツキくんは、たぶん神様なんだよ」

「へ?」

「火の神様。プロメテウス」

「プロメテウス。あのギリシア神話の?」

「そうそう。知ってますか」

「はい。知ってます。私もミツキも、ギリシア神話が好きなので。しかも、ギリシアの神様の中で一番プロメテウスが好きです」

「ああ、そう、じゃあ話が早い」

 プロメテウスとは、ギリシア神話に登場する男神で、ティタン神族の一柱である。ゼウスの反対を押し切り、天界の火を盗んで人類に与えた存在として知られる。また人間を創造したとも言われる。

「ミツキくんを、プロメテウス的だなと感じたことはありませんか」

「いやー。プロメテウスというよりも、弟のエピメテウスの方が近いかと」

「エピメテウス?」先生が身を乗り出した。

「はい。プロメテウスは『先に考えるもの』という意味で、エピメテウスは「後に考えるもの」という意味です。ミツキは衝動的な行動が多いので、プロメテウスのように先に考えるものになるようにってよく言うんです」

「ほう、なるほど。それは知らなかった。プロメテウスは、トリックスターと言われていて。ミツキくんは、プロメテウスと同じトリックスターだと思うんですよ」

トリックスター?」

「そう。トリックスターは簡単にいうと、突然問題を起こして、周りを翻ろうさせて、でも結果いい方向に向かわせる人のことです」

「へえ」言葉が出ない。

「ミツキくんにそういう傾向ないですか?」

「ミツキは、お騒がせ男なので、確かにいつもそんな感じです。周りを翻ろうさせるけど、結局、悪い気はしないというか、むしろよかったみたいな。だから、つい許してしまう」

「そうそれ。つまり、神話に書かれるくらい昔からそういう人間が存在するってことです」

 私の頭の中は、一気にカオス状態となった。

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