鼻血

 男の子は小さいうちは体が弱く、育てるのが大変だとよく耳にする。ミツキと妹のリオとでも、やはりミツキの方が圧倒的に体の心配が多かった。

 ミツキは、2歳半ころから頻繁に鼻血が出るようになった。日中に鼻血が出るのならサッと対処でき、衣類を汚すこともないのだろうが、ミツキの場合は夜中と朝方に出すことが多かった。

 夜中に「ママ鼻血」と言って起こされると、私は慌てて起き上がる。めまい持ちの私は、いつもフラフラだった。朝方のあともう少し寝ていたい時間にも鼻血は出た。朝方は量が多くて布団を汚すので、洗濯が大変だった。汚れた布団を見ると、気が滅入りイライラした。ミツキに文句を言ったところで仕方ないし、鼻血を出して辛いのはミツキだということは分かっているに、苛立ってミツキにあたる自分が情けなかった。

 布団を汚されることが一番嫌で、特に雨の日は苛立ちが倍増した。大物の洗濯が大変だから苛立つのだ。ならばと、汚しやすい場所をバスタオルで覆ってみた。しかし、そんな日に限っていつもとは別の場所が汚れたり、寝ている間にバスタオルがぐしゃぐしゃになって意味をなさなかったりした。

 この際、きれい好きであることをやめてみようと思ったこともある。この汚れは血であり、おねしょではないのだから替える必要なないのだと自分に言い聞かせた。だが、2日で我慢の限界がおとずれた。

 毎日鼻血がでること自体は、それほど心配していなかった。なぜかというと、私自身もよく鼻血の出る子どもだったからだ。私は日中によく出た。小学生になると、鼻血を止める自分なりの技も確立した。小学6年生のとき、音楽室の掃除中に出たのを最後に、頻繁には出なくなったと記憶している。だから、ミツキもそのうち自分で対処出来たり、出なくなったりするだろうと思っていたのだ。

 ミツキが4歳の秋のこと。以前より鼻血の量が増えていることが気になった。耳鼻科に行くと、鼻の中の傷を焼いて処置してくれた。これで鼻血に悩まされなくなるかもしれないと期待した。

 翌日、ミツキが突然不調を訴えた。家の近くの小児科に行くと風邪だと言われた。帰り際、マンションのエントランスで嘔吐。すぐに寝かせると、めまいと頭痛がするという。一度は落ち着いて寝始めたので安心したが、午後9時、鼻血で飛び起きた。止血しようとしたが、一向に止まらない。それどころかドロドロの鼻血が大量に出てきた。鼻血がドロドロしているなんてただ事ではないと怖くなり、迷った末に救急車を呼んだ。救急車に乗り込むまで1時間以上鼻血は出続けていた。

 救急搬送された先は、小児科の血液疾患を得意分野とした病院だった。鼻血は救急車の中で止まった。病院に着くとミツキは点滴を受けた。その間に私は、先生から血液検査の結果を告げられた。

血友病の疑いがあります。精密検査を受けてください」

 血友病。何それ。どういうことだ。驚きのあまり、言葉が出なかった。

 3日後の午前中、精密検査を受けるため、小さな体から血を大量に採った。午後には結果が出るという。結果が出るまで不安を口にするのも怖くて、何も考えないようにしていた。陰性の結果が出たときは、全身の力が抜けた。

 4日前に鼻の処置をして、翌日救急車で運ばれて、血友病の疑いを告げられて、その3日後精密検査をして陰性の結果を受ける。なんとも怒涛の4日間だった。結局なんだかわからず終いではあったが、鼻の処置がよくなかったのではないかと思う。なんだか納得のいかない部分もあるが、救急搬送先が、小児科の血液疾患を得意分野とした病院だったがゆえに、大げさなことになった。しかし、そのおかげで、ミツキは血友病ではないとはっきり判明したのだから、よかったと思うことにした。

 それから数週間後、少し遠くに人気の耳鼻科があると聞き、改めて鼻血の診察を受けた。

「鼻血はね、鼻の中に傷があるとき、そして、血圧が上がったときに出るんだよ。ミツキくんは、両方の鼻の中に傷があります。夜中や朝方の眠りが浅くなった時に血圧が上がるから、そのときに傷から血が出るのね。ドロドロの鼻血が出たって言うのは、そのとき鼻風邪をひいていたんじゃないかな。ドロドロの鼻水に血が混ざったんだよ。お母さん、ミツキくんの行動を見てみて。きっとね、鼻をこすってると思うの。鼻血が止まると、傷口に瘡蓋ができて痒いんだよね。こするから傷がふさがらないの。鼻の傷に効く薬を出すから塗って、鼻をこすらないように注意してね。小学校高学年くらいになれば、鼻の粘膜が強くなって、鼻血が出ることも減ってきますよ」

 目からうろことは、このことだった。鼻血のすべてが分かった気がした。薬を塗り、鼻をこすらなくなると、次第に鼻血の回数は減っていった。

 ミツキは、鼻血に悩まされる日々と同時期、脚を頻繁に痛がった。突然痛みだし、痛みの場所も特定できず、ただ泣くばかりだった。どうしたらいいのか途方に暮れるところだが、私にはミツキの痛みが分かる気がした。

 実は私も幼いころ、同様の原因不明の痛みに悩まされていた。親に訴えても理解されなかった。痛みは脚の内側にあり、揉んでもさすっても治らない。ときどきやってくるその痛みは、中学生まで続いた。私は自分自身の経験の中で、正座をすると痛みが和らぐことを発見していた。ミツキにも正座を勧めると、思った通り痛みが和らいだ。

 痛みに悩んだ子ども時代、誰にも理解されず、ひとりで痛みに耐えるのは辛かった。しかし、そのおかげでミツキの痛みに早い段階で寄り添えたと思うと報われる気がした。

 親子とは変なところが似るものだ。

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