【こぼれ話】因果応報②

 Nくんには3歳下の妹がいた。名前はYちゃん。リオとYちゃんは1歳違いで、リオはYちゃんを慕っていた。近くに住んでいるので、登園後の帰り道、リオとYちゃんは遊びながら一緒に帰った。

 ところが、Nくんによるミツキ突き飛ばし事件の翌日から会わなくなってしまった。登園時も降園時も園庭では少し離れたところで見かけるのに、近づけない。まるで反発しあう磁石のようでもどかしかった。

 リオも「Yちゃん、いない」とさみしがっている。私の時間的行動パターンに変化はないので、避けられているとしか思えない。

 私とミツキの中では因果応報と言うことで納得をしていて、嫌な思いをさせたことを詫びるつもりでいたので、なんだか残念だった。

 ミツキとNくんは、元々ときどき遊ぶ程度の仲だったので、これまでと変わらぬ生活に戻っていた。

 1か月経過したある日の朝、ミツキの前歯の異変に気付いた。上の前歯が2本とも根元の方から黒ずんでいる。慌てて歯科医院に連れて行った。

 診察の結果、前歯2本ともに強打による亀裂が入っていて、神経が死んでいた。それにより歯が黒くなったと判明した。医師は、乳歯であったことが幸いで、乳歯が抜けて永久歯が生えてくるのを待つしかないと言った。ただし、永久歯に問題がないとも言い切れないと付け加えた。

 私は自分自身に腹が立った。この事件を受けて私の頭に一番初めに浮かんだのは、ミツキが加害者側でないことへの安堵だった。そして次は、痛がるミツキをよそに自業自得なのではと親身になってあげなかった。思い起こせば唇が腫れ上がって、相当痛かったに違いない。ミツキは滅多に泣かない。泣き止んでいるからといって痛くないわけではないのだ。ショックを受けていないわけではないのだ。

「ミっちゃん、ごめんね。ヒビが入って神経が死んでしまうほどの怪我で、痛かったんだよね。ママはもっとミっちゃんの気持ちを聞くべきだった。辛い思いをさせてごめんね」

「別にいいよ。ミっちゃんが悪いんだから」

 因果応報がミツキの心に刺さり過ぎていた。

「でも歯医者さんが、子どもの歯でよかったって。大人の歯が生えてくるのを待とう」

「大人の歯は大丈夫なの?」

「きっと大丈夫。そう祈ろう」

 Nくんのお母さんにも伝えないといけないと思った。降園時、素早くNくんのお母さんと先生に声をかけ、診断結果のみ伝えた。

 2人ともひどく驚き、Nくんのお母さんはまた打ちひしがれた。先生は、もし治療費が掛かるような事があれば、園児の保険があるので申請して欲しいと言った。Nくんのお母さんは一言も発せず、ただそこにいた。

 ちょうど同じころ、他の園児トラブルを耳にした。

 ある男の子が歌っているとき、近くにいた数人の子が茶化した。すると、その男の子がひどく怒って、一番近くの女の子の頬に噛みついて歯形がくっきりと残ってしまったのだそうだ。数日経っても痕が残っていたので、改めて男の子と両親が女の子の家に詫びに行った、という話だった。

 それは当然のことで、そうでなければおかしいと思った。

 その後もNくんのお母さんには近づけない日々が続いたが、ついにチャンスが到来した。

 参観日があった。この参観日は保護者が数名のグループ分けられ、決められた1時間のみ園内を自由に観ることが出来た。私とNくんのお母さんは同じグループだった。ミツキとNくんはそれぞれ違う友だちと遊んでいたが、ちょうど2人ともホールにいた。

 私はNくんのお母さんに話しかけた。私はこれまでミツキと話し合ってきたこと、Nくんに嫌な思いをさせてしまったことを詫びた。そして、Nくんとはどういう風に話しているのかを尋ねた。

「うちでは特に……何も……。ミツキくんの歯の状態のこともNは知らない……」

 驚きすぎて言葉を失っているうちに、参観時間が終了してしまった。

 私は、もうどうでもいいやと思った。

 ミツキの前歯を見たクラスのお母さんが、牛乳を飲むと白くなるらしいと教えてくれた。ミツキは牛乳嫌いだったが、毎日コップ一杯だけはがんばって飲み続けた。半信半疑だったが、少しだけ色が戻ったので驚いた。

 気付けば、リオとYちゃんも楽しく遊べるようになっていた。

 そして、祈りはとどき、ミツキの永久歯は正常に生えてきた。

 

 話は少し変わるが、ミツキ7歳、リオ3歳のころ。2人でじゃれ合っていたところ、ミツキの手がリオの右目のすぐ下に当たり、深いひっかき傷ができてしまった。

 ミツキは青ざめ、リオに何度も何度も謝った。リオは痛みで激しく泣いていたが、泣き止んだ後はケロッとして気にする様子もなかった。

 一方ミツキは、リオの傷の治り具合を日々確認し、申し訳なさそうにしていた。

 月日は流れ、ミツキ高2、リオ中1。

「ママ、リオの目の下の傷ほとんど目立たなくなったと思わない?」

「ミツキ、まだそんなに気にしていたの?」

「そりゃあそうだよ。リオは女の子だもん」

「もう心配しなくて大丈夫だよ」

「いや~本当によかったよ。オレずっと心配していて、稼いで皮膚の移植手術を受けさせようと思ってたんだ」

 真っ当な子に育ったなとうれしくなった。

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