ミツキの登校状況
ミツキの中学校はベル着運動を行なっている。ベル着とは、登校時間の8時20分の5分前に鳴る予鈴で着席を心掛ける運動だ。家から学校までは徒歩20分。つまり、7時55分までに家を出る必要がある。登校中に友だちと会えば、歩くのが遅くなるかもしれない。もし私だったら遅くとも7時50分には家を出ていることだろう。
しかし、ミツキには7時55分が難しすぎた。8時でもなかなか難しかった。
「ベル着できているの?」
「うん、まあ日によって」
「8時過ぎたらベル着は無理でしょう?」
「うん、まあ。でも遅刻はしていない」
「遅刻しないのは当たり前。でも、ベル着だって学校のルールだからね。55分に出なよ」
「いや、オレの教室は1階だから、8時でベル着に間に合うんだ」
「あ、自分で言ったね。じゃあ、必ず8時には出なよ。で、3年生になって3階の教室になったら、55分には出るんだよ」
「わかったよ」
「朝の行動の時間配分をもう一度考え直さないと自分を変えられないよ。メモに書き出してごらん」
渋々と予定時刻を書き出した。
起 床:7時10分
歯磨き:7時20分
朝 食:7時30分
歯磨き・洗顔・着替え:7時40分
外 出:8時00分
起床後10分間は何をしているのか。朝食前の歯磨きは、口をすすぐ程度にとどめることはできないのか。女子でもないのに身支度に20分もかかるか。私には理解のできない内容がいくつかあったが、時間さえ守れば、本人のやりたいようにやるのが一番だ。
翌日は、予定通りに進めて家を出ることができた。
「いいじゃない。意識したら出来るね。はい、気を付けて行ってらっしゃい」
ミツキはうれしそうに、私に鼻の穴を見せてから学校へ行った。これは出かける前のミツキの儀式の一つで、鼻の穴が汚れていないかを私に確認させるのだった。正直いうと、いくら我が子でもわざわざ鼻の穴など見たくない。そもそも、鏡で確認すればいいことなのだが。儀式として定着してしまったし、コミュニケーションの一環と思って我慢した。
2日目。早くも断念しかけた。のんびり行動しているので、58分辺りからカウントダウンをすると慌てて、なんとか8時ちょうどに玄関を出た。
3日目。もはやカウントダウンも効かなかった。その後は、8時5分が定着した。当然ベル着は出来ていない。しかし、本人は「ギリギリ遅刻はしていない」という気持ちがある。だから、がんばる気にはなれない。ダラダラと歩くミツキをベランダから見てしまい、げんなりした。
遅刻はしていないのだからと妥協すべきか。8時という目標設定をしなければ、間違いなく遅刻への一途を辿るに違いない。やはり言い続けるべきだ。遅刻をさせまいと促すことは過保護なのだろうか。いや、義務養育の間は、親が関わるべきなのだろうか。ミツキにとって、どれが正解なのか分からなかった。
だから私の考えを優先することにした。これからの長い人生、余裕を持った行動をすることは大切なことだ。やはり、今は言い続けよう。
その後、何度も朝の行動メモを見直し、意識改善に努めたが、8時に家を出られないまま3年生に進級した。