【家族の話】散歩中の会話②
高3の夏は、父との海岸堤防散歩に頻繁に行った。部活も引退し、付属短大志望予定の私は、のんびり日々を過ごしていた。その後、急に気が変わって他短大を受験することになり、慌てることになるのだけれど……
5時過ぎに出発し、6時前には到着。1時間半ほど散歩し、8時半前には帰宅。毎回だいたい同じ時刻だったが、週を追うごとに季節の移り変わりを感じた。気温だけでなく、海と空の色や様子、風の匂い、季節の花。小さな移り変わりを見逃すまいと、全身で感じながら、ただ黙って歩く。父とは、この黙って歩くという贅沢な時間を心地よく過ごせるところがいい。
水平線の少し手前に貨物船が見えた。
「双眼鏡で見てみたいな」
「こうすると、少し見えるぞ」
父が両手で双眼鏡の筒の形を作り、ウソみたいなことを言う。父は私の発言や問いに必ず応えるが、ウソっぽいテキトー発言が多い。
「うわ! ホントだ。なんかちょっと見える気がする」
たまに本当のことを言う。
翌週、翌々週と散歩に行けないうちに、暑い中にも秋風を感じるようになった。
いつものように黙々と散歩をしていると、テトラポッドの5m程先の海から突き出した1本の木柱に、カモメがとまっているのが見えた。
「そう言えば、カモメの顔をしっかり見たことないなあ」
私はそう言いながら、手の双眼鏡で見ようとすると、
「今日は持ってきたぞ」
父が、いつも着ているポケットだらけのベストから双眼鏡を取り出した。
「えー! お父さん持ってきてくれたの? 」
「おもちゃだけどな」
十分しっかりと見えた。
「けっこう目が鋭いよ。うわ、こっち向いた」
私が実況中継をしていると。父はカメラを取り出し、シャッターを切っている。
「お父さん、拡大して撮っといてねぇ」
双眼鏡は海岸堤防散歩の欠かせないアイテムとなった。
次に散歩に行くと、市街地から工場地区に入った途端、空き地やちょっとしたスペースのあちこちが背の高い黄色い花だらけになっていた。海岸堤防のコンクリートのちょっとした隙間にまで生えている。
「なんかものすごく勢いのある花だね。黄色が濃くてキレイだけど、力強すぎてちょっと怖いな」
「セイタカアワダチソウっていう花だ」
「確かに背が高いね」
「帰化植物だよ。外国からの船の荷物に種が付いていて繁殖したんだ。すごいな」
この年は、11月半ばまで海岸堤防へ行ったが、セイタカアワダチソウはずっと力強く咲いていた。
それまで私にとって秋の代表的な花は、コスモスだったが、この年からセイタカアワダチソウになった。コスモスの方が圧倒的に可憐で好きだが、セイタカアワダチソウの力強さに気持ちを占領されてしまった。
冬の初め、全て撮りきったフィルムを父が現像してきた。楽しみにしていたカモメの写真を探したが、ない。
あったのは、カモメを双眼鏡で眺める私の写真だった。
「お父さんは、よっぽど私が好きなんだな」と思った。