【家族の話】中学受験⑥

 3校とも全滅と分かった時点で交換日記を書いた。

 受験とは関係のない普段通りのたわいのない話でページを埋め、ページの一番下に『中学校でもよろしくね』とだけ。

 ミナコは一切何も聞いてこなかった。私も一切何も話さなかった。

 1週間ほど経ったある日。恐れていた出来事が起きた。

「おい、おまえさあ、中学受験したんだろ?」

 振り向くと、クラスでもっとも苦手なキヨシが、チンピラのようなガラの悪い目つきで私を見ていた。

「してないけど……」

 思わずウソをついてしまった。

「はあ? んな分けねえだろ。校長室におまえもいたってWから聞いてんだぞ」

 W。あのときの男子のどちらかだ。

「……」

「おまえ、何シカトしてんだよ!」

 私は完全に無視を決め込んだ。

「おい、おまえ! こいつと仲いいんだから知ってるだろ! 言えよ!」

 キヨシは、近くにいたミナコに詰め寄った。

 私の咄嗟のウソのせいで、ミナコを巻き込んでしまった。一巻の終りだ。ミナコが言っても仕方がない。私はうつむいた。

「私は何も知らない」

「はあ? 何なんだよ。知らねえのかよ」

 キヨシはブツクサ文句を言いながら行ってしまった。

 ミナコの心の強さに驚いた。逆の立場だったら私は、ミナコのように振る舞えただろうか。この恩は一生忘れない。

 下校途中でお礼を言おうと思っていたのに、ミナコが次から次へとおもしろい話をするので、言いそびれてしまった。

 キヨシの件は最悪だったが、そのおかげでミナコの優しさを今まで以上に感じられたと喜びに浸っていると、母が部屋に入ってきた。

「担任の先生に手紙を書きなさい」

 私を無視し続けている母からの突然の命令。

「なんで?」

「中学受験するときに内申書を書いてもらったからだよ。先生に余計な仕事を増やしておきながら、あんたは落ちたんだから、ちゃんと謝りなさい」

 そういうものなの? 私は謝らなければいけないほどのことをしたというのだろうか。

 納得できない気持ちを押さえて、私は先生宛の手紙を書き始めた。母に内容をチェックされると思ったので、母が納得しそうな反省の手紙を書いた。

 何度も何度も新しい紙に書き直した。なぜなら、手紙の内容とは裏腹に1年半押し殺してきた気持ちが溢れ、涙で紙がグシャグシャになってしまうからだった。

「あんた、たかが手紙にいつまで時間かかってるの!」

 母が怒りながら部屋に入って来てしまい、グシャグシャの手紙のままを先生に送った。

 数日後、先生から返事か来た。2枚にわたって書かれた返事の中の一文にハッとした。

「涙で濡れてグシャグシャになった手紙から、あなたの悔しい気持ちが伝わってきました」

 先生のこの一言によって、私が求めていたことがハッキリと分かった。

 私は誰かに私の気持ちを分かって欲しかったのだ。

 私は先生の手紙に当たり障りのない反省の言葉しか書いていない。だから、先生は私が5年生の夏以降どんな思いでいたかは知らない。先生は単純に受験の失敗を悔やんで私が泣いていると思っているだろう。

 それでもよかった。詳しい心の内はどうあれ、私が何かに悔しい気持ちを持っているのだということを、分かってくれるだけで十分だった。

 母は私を何も分かっていなかった。分かろうともしなかった。でも、先生は分かってくれた。

 捨てる神あれば、拾う神あり。母のことなどどうでもいい。先生のように分かってくれる人や、ミナコのように何も言わずに寄り添ってくれる人がいるのだ。

 なんて幸せなのだろう

 それに気付けただけでいい。

 人生って捨てたもんじゃない!

  元気が出てきたぞー!

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