【家族の話】中学受験記④

 中学受験本番が迫ってきた。母に言われるがまま、受験校は女子校3校に決定した。

 1校目は、千葉県の女子中学校。母曰く、千葉県の中学は受験日が東京より早いので、本番前の練習のための受験とのことだった。しかし、練習とは言えない気にかかる点があった。倍率が5倍なのだ。5人に1人だなんて。私は受かる気が全くしなかった。 
 気にかかる点がもう1つ。遠い。家から1時間半はかかる。通う気になれなかった。

 受験日の順番から言うと、2校目が第一志望の『校則お下げ髪中学校』だった。

 3校目のことは覚えていない。3つも受けるのかとウンザリして、学校に対する感想さえなかった。

 正月休みが明けて数日登校したころ、予想だにしない出来事が起きた。

 下校の準備をしていると、担任から下校前に校長室に寄るよう告げられた。いつも一緒に下校するミナコには先に帰ってもらい、慌てて校長室に向かった。

 校長室に入ると、ソファーに6年生の男子が2人座っていた。校長先生は、私も座って待つよう促した。待っていると、同じく6年の女子が2人続けて入ってきた。

「揃ったようなので、始めましょう。6年生約240名の内、集まってもらったこの5名の皆さんは、これから中学受験をします。皆さんは受験に向けてたくさんの努力をしてきたのでしょう。ですから、受験前に激励をしたいと思い、こうして集まってもらいました」

 私は泣きそうになった。約1年半、ミナコにも必死に隠していた中学受験が、こんなにも簡単にバラされてしまったのだ。

(校長先生、なんてことしてくれるんだよ!)

 もう、一巻の終りだ。頭を抱えてうずくまりたい気持ちを抑えて、ただジッと座っていた。何をしたか、何を話したか、記憶はない。

 男子2人は、一度も同じクラスになったことがなく、話したこともなかった。女子2人は、3年と4年でそれぞれ同じクラスになったことがあり、よく遊ぶ友だちだった。

 3人で下校途中、受験校の話になった。

 3年時に同じクラスだったKの第一志望は、私と同じ「校則お下げ髪中学校」だった。Kは自分で中学受験について調べ、親に頼み込んで受験させてもらうことになったと言った。

 4年時に同じクラスだったRの志望校は、こちらも私と同じで「千葉県の女子中学校」だった。Rは5つ年上の兄も私立中学に通っており、低学年のころから中学受験を意識してきたと言った。

「合格したら一緒に通おうね」

 2人ともそう言ってくれたが、私は2人の顔をまともに見ることさえ出来なかった。2人は、私には眩しすぎた。志が私とはかけ離れている。受験に対する考え、努力、心構え。自信に満ちた表情。

 隠そう、逃げようとばかりしている自分が恥ずかしかった。完全に打ちのめされ、自分はダメ人間だと思った。

「私には無理かもしれない。だから今日のメンバーに私がいたことは言わないで」

 そんなことしか言えない自分が情けないが、もうどうしようもなかった。

 その日の夜、私はミナコに中学受験を告げることにした。私以外の誰かからミナコの耳に入ることを避けたかったのだ。

 直接言うことはできず、2人でやっていた交換日記に書くことにした。

1月の終わりと、2月の始めに3回学校を休むんだ。

誰にも言ってなかったけど、中学受験をするの。

遊べなかったのも塾に行ってたからなんだ。

今まで言わなくてゴメンね。

言うなって言われてたから…

そういうことで、よろしく!

 本当はもっと書きたかったけれど、泣いてしまいそうでこれ以上書けなかった。

 2日後、ミナコから交換日記が戻ってきた。

塾に行ってるってうわさで聞いたことがあるから、

なんとなくわかってたよ。

ずっと聞きたかったけど、言わないから

聞いちゃいけないと思って…

中学は別々になっちゃうんだね。

学校ちがくても遊ぼうね。

がんばれ~🏁おうえんしてるよ~🏁

 ミナコも私と同じ中学に行きたいと思ってくれていた! それがとにかくうれしかった。万一不合格になったとしても、私を受け入れてくれる人がいることが、このときの私にとって唯一の慰めだった。

 返事を書こうとページをめくって驚いた。

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれおちろ!!!!がんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ

 見開き1ページに『がんばれ』と書かれていた。

(ミナコがこんなに応援してくれているんだ。イヤイヤだったけど、これまで一応はがんばってきたんだし、ここまで来たらやっぱり合格したい。ミナコにがんばれって言われるとやる気が出るな。少し複雑だけど……)

 そう思いながら、ミナコのがんばれの文字を眺めた。

 ん??  

 違和感を感じよく見ると、1つのだけ『おちろ!!!!』

 ミナコ、やってくれたな! ありがとう!

 ミナコは、本当は私に落ちて欲しいんだ。だって、落ちたら同じ中学に行けるんだもん。

 ミナコがどういうつもりで書いたかなんて私には関係ない。私がどう受け取るかの方が大事だった。

 何があっても自分を受け止めてくれる人がいるという安心感で、私はこの上ない幸せに包まれていた。

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