【家族の話】幼いころの私と父
幼い頃の記憶は曖昧で、ポツポツと覚えている程度だが、どれも大切な思い出だ。
【両肩変色ジャケット】
父のMA-1風のセージグリーン色のジャケットは、両肩が変色していた。
その両肩変色ジャケットを着ている父に抱っこされて、遠ざかる散歩道をぼんやり眺めている。そんな風景が私の中で一番古い父との記憶だ。
私が幼稚園くらいのときに、何年も着ずにしまい込んでいた両肩変色ジャケットを捨てた。父と母が、思い出深そうに変色のことを話していて、そのとき初めてその変色の原因が、私のヨダレだったと知った。
【浜辺のプール】
夏、海水浴に行くと、幼い私のために、父はスコップで浜辺に直径3メートル、深さ50センチほどの大きな穴を掘った。掘り進めると徐々に海水がしみ出してプールが出来た。プールにボートを浮かべて遊ぶのが、私のお気に入りだった。
ある年、このプールで問題が発生。脚にチクッと何かが刺さったと思って上がって見てみると、丸々太った蛭が付いていた。それ以来、浜辺のプールは閉園となった。
【読み聞かせ】
私は、H.A.レイの『ひとまねこざる』シリーズが大好きだった。読み過ぎて、全シリーズ表紙と本体は外れてボロボロ。
父に読んでもらうのが一番楽しかった。父の読み聞かせは独特なのだ。
一文を読むたびに、もう一度同じ文を繰り返して「~なんだ、ねぇ」と言う。
「川いっぱいの船が流れていくのを見て、ジョージは大得意でした。……ジョージは、川いっぱいの船が流れて行くのを見て、大得意だったんだ、ねぇ」と、こんな感じだ。
父のこの「~なんだ、ねぇ」と言う口調と声が優しくて、今でも目を閉じると聞こえてくる気がする。
1冊読み終わったら、次のお楽しみだ。同じ本をもう一度読む。今度は、ただ読むだけでなく、文章だけでなく挿絵にも父が文章を付ける。
「ジョージの作った新聞紙の船がたくさん川を流れていくね。あ、船にアヒルが乗ったよ。『ぐわぐわ、乗り心地いいなあ』『ぐわぐわ、上手く乗れないよ』って言ってる、ねぇ。お母さんアヒルがお船を追いかけている、ねぇ。『待ってちょうだい、ぐわぐわ』って言ってる、ねぇ。こっちは、カエルがびっくりして、川に飛び込んだよ。バシャーン! (オーバーアクション)魚もお船を追いかけているよ。スイスイスイ」
私も負けじと挿絵に擬音を付ける。
2回目を読み終わると、最大のお楽しみが待っている。本の文章完全無視で、パパ劇場が始まる。父は毎回全く別の話にすり替えた。
「パパ、お話ぜんぜんちがーう!」と言いながら読んでもらうのが楽しかった。
その様子を録音した古いカセットテープが1本だけ残っている。今はプレイヤーがなくて聴けないが、いつかまた聴きたい。
【背中がかゆい】
父はよく家で筋トレをしていた。私が小3くらいまでは、背中に私を乗せて腕立て伏せをしてくれた。
私は父の背中が大好きで、父が床に座っているのを見つけると、すかさず父の背中に抱きついた。すると、父は必ずこう言うのだ。
「あ、背中がかゆくなってきた。搔いてくれ」
「もぉ! またぁ?」
いつも背中を搔かせられて、心ゆくまで背中に抱きつくことができないのが不満だった。
一般的にはおかしいと思うのであまり言いたくないのだが、私は結婚する直前まで父の背中を常に狙っていた。そして、毎度背中を搔かされた。
結婚式の少し前、床に座っている父を見つけて「これで最後にしよう」と自分言い聞かせた。少しでも長く父の背中に抱きついていたかったが、最後もいつも通りだった。
ちなみに、結婚は30歳。かなりやばいヤツ……
【歌】
父は歌が好きだった。私が知っている童謡のほとんどが、父に教えてもらった歌だ。
私のお気に入りは『うさぎのダンス』
うさぎのダンス 野口雨情作詞・中山晋平作曲
そそら そら そら うさぎのダンス
タラッタラッタラッタ ラッタラッタラタタ
あしでけり けり ぴょこぴょこ おどる
みみに はちまき ラッタラッタラタタ
父が歌うと、目の前にうさぎの踊る姿が見える気がした。
入浴中の父は、風呂場のエコーの中で気持ちよさそうに毎日数曲歌った。
「へいこぉーら♪へいこぉーら♪」
何という民謡かは知らないが、必ず歌う民謡があって今でも私の耳に残っている。
父はいつも歌っていたし、話すときも語尾を伸ばして歌うようにおどけてしゃべるのだった。
最後まで読んでくださり
ありがとうございます。
次回は、本当のお父さんは誰? という話