葉野ミツキの育て方

そんなトリセツ、あったらいいのに

【こぼれ話】カタッチュ

 スーパーでバジルを買ったら葉にカタツムリが2匹ついていた。当時4歳のリオはとても喜び、2匹ともカタッチュという名前をつけて飼い始めた。

 インターネットでカタツムリの飼い方を検索すると、好きな食べ物は、キャベツ・キュウリ・にんじんとある。カタツムリのカラの成長には、卵の殻がいいようだ。

 こんなに固いものも食べられるのかと思ったが、夜中など部屋中が静かになると「ガリガリ」と意外にも力強い音が聞こえてきた。

 キャベツやキュウリを食べると緑のフン、にんじんを食べるとオレンジのフンをするのでおもしろかった。

 湿った土を敷いておくと土の中にたまごを産み付けるとあった。カタツムリは雌雄同体なので、2匹いるとたまごを産んでしまう。私は産んでもらっては困ると思い、キャベツと卵の殻だけケースに入れ、1日に数回霧吹きで湿り気を与えようと決めた。

 2匹のカタッチュの世話はリオの担当だ。リオはカタッチュをかわいがり、せっせと世話をした。

 カタッチュのカラの渦巻きは、初め一回転半ほどだったが、二回転半にまで成長した。

 飼い始めて1年ほどした梅雨のある日曜日、夕飯の支度をしている私のもとへ、リオがカタッチュの入ったケースを走って持ってきた。

「ママ、キャベツの下を見て。これってカタッチュのたまごだと思うんだけど」

 娘は驚きと喜びが入り交じった表情をしながら、しおれたキャベツをめくった。そこには、すしネタのとびっこを白くしたような50粒ほどの球体がひとかたまりにこんもりと置かれていた。

「きゃー! なにこれ気持ち悪い。やだやだ。無理! 無理! ちょっとパパにどうしたらいいか聞いてきて!」

 実は私、虫が大の苦手なのである。昆虫の絵本や図鑑を読んだり、虫を捕りに行ったり、虫を飼ったり、セミの羽化を観察したりと、楽しんでやっているように見せているが、本当は子どもたちのために必死なのだ。

 カタッチュのケースに何か他の虫が入り込み、たまごを産み付けていったのではないかととっさに考え、全身に鳥肌がたった。そのとき、リオの大きな泣き声と訴える声が聞こえてきた。

「パパ! 気持ち悪いたまごみたいなものがある。早く捨てて!」

 私は耳を疑った。さっきまでリオは驚きと喜びの表情だったのに、私の心ない一言ですべてが変わってしまったのだ。

 はっとした私は、すぐにインターネットでカタツムリのたまごの写真を探した。ケースの中の物体がカタツムリのたまごだと確信し、ようやく落ち着きを取り戻すことができた。

「ごめんね。ママ、突然なことでびっくりしちゃったの。たまごは産まれないと思っていたからね。大切に育ててきたカタッチュがたまごを産んだら、本当は喜ぶことなのにね。このたまごがかえるように育ててみようか」

「うん、ママありがとう」

 リオは、今度は一気にキラキラした笑顔になった。私の一挙一動が、ここまでリオに影響を与えてしまうのだと思うと怖くなった。

 別のケースに水を含ませたティッシュを敷き、たまごだけを移し入れた。湿り気がなくなるたびに霧吹きで水をかけると、たまごが有精卵であれば1か月以内に孵化するとのことだった。

 3週間ほどしたころ、白かったたまごの色が茶色く変色し、腐り始めたように見えた。もうダメだろうと思ったが、あと1週間様子を見ようと決めた。

 翌朝、リオを幼稚園に送った後、ふとたまごのケースを見ると、たまごが割れているように見えた。顔を近づけてよく見ると、たまごの中からまだカラの渦巻きが一回転に満たない、遠目にはゴマにしか見えないほどの小さなカタツムリが、一斉にたまごの殻を破って出てきて、目玉を伸ばしてキョロキョロと動かしていた。

 腐ったように見えたのは、赤ちゃんカタツムリのカラの色が、たまごの殻から透けて見えていたからだった。

 私はうれしくなり、赤ちゃんのケースを持って幼稚園にリオを迎えに行った。リオに一刻も早く知らせてやりたかったし、他の園児や先生にも見せたかったのだが、この行動によりまたリオを困惑させてしまった。

 園長先生から幼稚園に少し赤ちゃんを分けてもらえないかという申し出を受け、私は二つ返事で勝手に承諾してしまったのだ。

「じゃあ、7匹だけね」

 幼稚園に分ける旨を伝えると、リオは泣きそうな表情で渋々言った。

 私は軽率だったと深く反省した。リオが毎日世話をしてきた赤ちゃんたちなのだ。幼稚園にあげることを事前に話し合うべきだった。そもそも、私が勝手に幼稚園に持って行ってはいけなかったのだ。

 本来なら帰宅したリオが、孵化した50匹のカタッチュの子どもたちを見て喜びを噛みしめてから、たくさんいるから幼稚園や友だちに譲ってはどうかと提案するべきだった。

 実際、数日後気持ちが落ち着いたリオは、もっとあげれば良かったと言い、幼稚園や友だちに追加で分けた。

 私たち親子はママ友に「カタツムリブリーダー」と呼ばれた。

 その後、我が家に残った赤ちゃんカタツムリは10匹ほどで、そのうち大人まで成長したのは1匹だけだった。初代カタッチュと2代目カタッチュは、それぞれ3年ほどの寿命を全うした。

 カタッチュを通じて、親としてのあり方、子どもへの心ある応対を深く考えされられた。

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