私と祖父母

 私は中学受験を経験している。結果は自分でも納得の不合格だった。結果発表の帰り道、相当なショックを受けた母は、目にこぼれんばかりの涙を浮かべ、鬼の形相で「この金食い虫!」と私に言った。私はその日から親に物をねだることができなくなった。

 中学生になった私は、友だちの下着の変化にすぐに気付いた。ブラジャーはもちろんだが、パンツに目が釘付けになった。友だちはみんなレースの付いた、小さいビキニタイプのものを履いていた。

 私の母は子どもの流行などに無頓着な人だった。その証拠に、私は小学6年生まで通称かっぺ靴と呼ばれるビニール製の靴を履いていた。2年生くらいまでは、ちらほら履いている子もいたが、3年生以降は皆無だった。私はイヤでイヤで仕方がなかった。

 ちなみにこのかっぺ靴を買ってきたのは、祖母だった。ある日祖母の家に行くと「安かったからたくさん買っておいたよ」と言って、サクランボの絵のかっぺ靴を渡された。18センチから22.5センチまで、0.5センチ刻みで2足ずつストックされたかっぺ靴を前に唖然とした。

「おばあちゃん、どうもありがとう」そう言えた自分を偉いと思う。私は家に帰り、母に泣きついた。

『おばあちゃんの家に行くときだけ履いたら』とか『『おばあちゃんには内緒で別のを買ってあげる』と言われると思っていた。ところが、現実はそんなに甘くなかった。

「あんた、なに文句言ってんの。履ければなんでもいいじゃない」

 その後、幾度となくかっぺ靴が原因で笑い者になった。児童館で靴を脱いで遊んでいたときは「このダッセーかっぺ靴誰のだよ。おまえか? おまえか?」とその場にいる全員の中から吊し上げられ、盛大にバカにされた。

 なんとか捨てられないものかと、犬の糞をふんだり、穴を開けようと地面に擦り付けたりと地道な活動をしたが、捨てても捨てても次のかっぺ靴が出てきた。

 22.5センチをサイズアウト出来ない限り、中学校もかっぺ靴を履いて登校するのだろうかとビクビクしていた。

 中学校の入学準備品の用紙に「体育での仕様に相応しい紐の運動靴」とあり、うれしくて何度も読み返した。

 だいぶ話はそれたが、子どもの流行に無頓着な母に任せていては、今度はパンツで笑い者になる恐れがあった。だが、受験に失敗して間もない私には、パンツを買ってくださいとは言えなかった。お小遣いでやり繰りをするしかないのだ。

 パンツ以外にもシャンプー・リンスも自分で買っていた。母が買ってくるものが気に入らなければ、すべて自分で買うシステムだった。母が私の要望を聞くこともなければ、私が要望を伝えることもなかった。「金食い虫」の私には、そのような資格はないと自分に言い聞かせていた。

 高校生になると、美容院代、洋服代など、とにかく学費以外は全て自分でやり繰りした。休みなく部活動に熱中したおかげで、服を買わずに済んだ。

 高校1年生の正月明けに、母がパート先の繊維会社から福袋用のパンツを大量に持ち帰った。福袋用ということでお尻に大きな5円玉の絵が印刷されたパンツだった。前から見たら普通の白いビキニ。でも、後ろは5円玉。一瞬怯んだが、背に腹は代えられぬ。そのときの私はパンツ代にお金を掛けられる状態ではなかった。
 友だちに見られぬよう、壁に背中を貼り付けて着替えるようになった。

 それでも、月5千円のお小遣いでは苦しかった。だから、1円でも安い店探しは、私のマストだった。

 祖父母の家の近くの商店街には、何件もドラッグストアが軒を連ね、価格競争をしていた。小学4年生ころから1人で祖父母の家に遊びに行っていたので、商店街も熟知していた。

 高校入学後、学校のそばから祖父母の家方面のバスが出ていることを知った。そこで、部活帰りに祖父母の家に行き、一緒に夕飯を食べたあと、商店街のドラックストアで買い物をしてから家に帰るというコースが出来上がっていった。祖父母に会えて、安いドラッグストアで買いだめできて一石二鳥だった。

 祖父は、面白くてかっこいいおじいさんだった。私が遊びに行くときまって「顔を見せてくれ、べっぴんさんだな、よいよいよい」と言った。「よいよいよい」が何なのか分からないが、小さいころから「べっぴんさん」と言われて育ったので、私は自分を絶世の美女だと思い込んでいた。もちろん、そうでないことはうすうす気づいていたが。

 祖父母の家に行くと帰りがけに必ず千円くれた。私にとってこれほどありがたいことはなかった。

 祖父母と楽しい時間を過ごした後「もう帰るね」と言うと、祖父が祖母に目配せをする。祖母は、決まってコタツの天板の下からピン札の千円を取り出した。あの天板の下には千円札がたくさん挟まっているのだろうかなどと、よく想像したものだ。

 ちなみに、私は一度も祖父母にお小遣いをねだったことなどない。それを一番に強調したい。

 だから余計に、ミツキの無心行為が許せないのだ。

 

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