無心行為

 2月半ばの土曜日、朝から外出していた私が昼過ぎに帰宅すると、ミツキは出かけていた。

「急におばあちゃんの家に行くって言って出かけたぞ。ミツキから聞いてないのか?」

 訝しげに夫は言った。夫の反応通り、確かに怪しい。ミツキは、今まで1人で私の実家に行ったことがない。家族揃って行くのが常だった。

 実家は、私たちの住む町から電車1本で行けた。乗車時間は約30分。どちらの家も駅から1キロ以上離れているので、歩きだと1時間半弱かかる。考えてみれば、中学生になり、部活の遠征などで電車移動に慣れてきたのだから1人で行ってもおかしくはないのだが、何かおかしい。

「あいつ、なんでママにも言わずに急に行ったんだろう。まあ、別に行ってもいいんだけどな」

「うん、そうだよね。で、お母さんにはちゃんと確認してから行ったんだよね?」

「ああ、電話してたぞ」

「ふーん。お母さんも1人になって寂しいだろうから、行ってあげた方が喜ぶけどね」

「そうだよな」

「でも、なんだか、しっくりこないな」

「帰ったら聞いてみよう。あ、夕飯は家で食べるって言ってたぞ」

 帰宅したミツキは、いつもに増して饒舌だった。

「いやあ、高校に合格したことだし、じいじに挨拶だよ。あと、ばあばも寂しんじゃないかと思ってさ」

「ふーん。ありがとう」

「ばあばは、元気だったぞ。昼は、ばあばと中華屋に行って、いっぱい食べたよ」

「ふーん。よかったね」

「あ、リオ。ばあばが、お前にお小遣いくれたぞ。電話しとけよ」

 ミツキはリオに千円渡した。

「ミツキも千円もらったの?」

「うん、まあな」

 2日後、実母からの電話で事態は急変した。

「ミツキが急に来るっているからびっくりしたわよ。でもまあ、もうそういう年頃になったんだね。で、あの子、お金がないって困ってたわよ」

「なにい?! やっぱりそういうことか。それでお母さんお金あげたの?」

「うん。5千円。水の使い過ぎでママにお金取られて困ってるって」

「なにー! あのヤロー」

「まあ、そういう年頃なんだよ」

「お母さん、ごめんね。ありがとう。でも、ミツキにはしっかりと言って聞かせるから。お金を無心するとか信じられん」

 ミツキは、お年玉で4万円以上手にしていた。中学生の分際でたったの2か月で使い切るとは何事だ。確かに、あまりにも水をジャージャー使い、水道代がついに2万円を超えたので、3千円は徴収した。しかし、それでも3万7千円以上を無駄に使っているのだ。

 資金使途が実にくだらない。化粧品とコートと服だ。無印良品の化粧品にはまっていて、保湿液やらクレンジングやら、次々買ってくる。ファンデーションをしていないのになぜクレンジングが必要なのかと疑問に思うところだが、鼻に塗ると鼻の毛穴がきれいになるのだそうだ。塗り過ぎでドロドロてかてか。化粧水もつけ過ぎるから、顔がずっとびしゃびしゃ。なんでも使い過ぎちゃう系男子だから、あっという間にカラになる。

 コートも買い足した。冬前に1着は買ってあげたのに、更にもう1着必要だろうか。2月に買っても着る機会も少ないし、来年はまた別の物が欲しくなるだろうと説得しても聞く耳を持たない。

 服だって冬前に買ってあげている。受験生でほとんどどこにも出かけないというのに。

 持っているお金の中で上手くやり繰りをすべきだが、その感覚は一切ない。

「友だちはみんな次から次へと服を親に買ってもらっている。自分で買うのはオレだけだ」

「ミツキの仲がいい友だちはそうかもしれないけど、そうでない子もたくさんいるよ」

「いいよな。経済的に余裕がある家は」

「おっと、裕福な家と比べるの? 私は、ミツキの学力を友だちと比べないのに?」

 ミツキが黙り込む。自分の行いを棚に上げてよくもそんな口がきけるものだ。そもそもそんなにお金が欲しいのであれば、節水を心掛けて無駄な出費をなくし、毎朝8時までに家を出て小遣いを満額貰えばいいのだ。

 お金の使い方を忠告されても聞く耳を持たず、全部使い果たしたら、寂しそうな年老いた未亡人のもとへ元気づけるフリをして近づいてお金を無心する。もちろん、ミツキにそこまでの悪意はないだろう。もう少し無邪気さがあるとは思う。思いたい。しかし、たとえそうだとしても、やってることは詐欺師と同じだ。この、大バカヤロー!

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