自分を変えられるのは自分だけ

 ミツキとの勉強時間は、気になることだらけだ。小学生の頃から注意し続けていることを一向に正せない。

  勉強開始時間厳守 正しい姿勢 下敷き

  鉛筆の持ち方 字を丁寧に 左手を出す

  勉強に必要な物を予め準備 きれいに消す

  消しかすはまとめておく 線は定規で引く

  問題をよく読む 勉強に不要な物を片付ける 

  暗算は間違えるから筆算する

  筆算は消さない 見直し、検算をする

  間違えた問題は、どこで間違えたか先に確認

  鼻歌歌わない 貧乏ゆすりしない 集中

  休憩時間厳守 うろうろ立ち歩かない

  手いたずら厳禁 勉強中に絵を描かない

  あくび厳禁(休憩中に目を休めておく)

  シャーペン、鉛筆の芯、消しゴムの折れ注意

  ノートに絵を描かない 爪を切る

 次から次へと出てきてキリがない。全部できて当たり前のことで、出来たところでわざわざ褒められるようなことでもない。それなのに、どんなに注意されても正せない。私は小言魔と化す。

 ミツキには、出来て当たり前のことという概念がない。「うるせー、むかつく」とも言ってこない。その都度まるで生まれて初めて注意されたかのように「はい」と返事をして、一応それなりの行動をする。そして、また忘れて同じことを繰り返す。

「注意されてイヤじゃないの?」

「イヤだよ」

「私も注意したくないんだよ」

「じゃあ、しなければいい」

「そこだよね。子どものころ勉強が良くできた人がさ、テレビのインタビューで『うちの親は勉強しなさいって言わない親でした』って言っているいのをよく見るじゃない。あれってさ、その人が、親に言われる前に勉強を始める子どもだったから、親は言わなくて済んだと思うの。私だってさ、ミツキが自分から進んで勉強すれば何も言わないよ。事実、リオには言わないでしょう。勉強中のお小言だってミツキが自分で正したら、私は注意する必要がなくなると思わない?」

「うん、まあ、そりゃそうだ」

「私は、ミツキに当たり前のことを当たり前に出来て欲しい。当たり前にできると、勉強が捗って、ミツキの成績はぐーんとあがると思うよ。そうしたらミツキはスマホを買ってもらえたり、自分に自信がついて、やる気が出て、目の前の景色が変わって見えてくると思うんだ。
 私は、ミツキにそんな景色を見せてあげたい。でも、私には注意やアドバイスをすることしか出来ないんだ。なぜかと言うと、自分を変えられるのは、自分だけだから。
 そして、自分が変れば周りが変わるんだよ。最近ミツキはがんばっているな、ご褒美に何かしてあげたいな、なんてね。
 ミツキはさ、リオばかり優遇されていると思うことあるでしょう?でも、ひいきなんてしていない。リオが当たり前のことを当たり前にやってくれたことへの対価なんだよ。だから、ミツキも対価を得るチャンスは十分にあるの」

「言ってることは分かるんだけど、オレ、すぐに忘れちゃうんだよ」

「うん。そうだね。なぜ忘れるかっていうと無意識で行動しているからだと思うよ。自分の良くないところを意識することが大切だよ」

「ふーん」

「仕事が迅速かつ丁寧な先輩がね、出勤前の朝の準備を最小限に抑えられるように、すべてを夜のうちに完璧にするって言うの。『朝の自分は出来が悪いから』だって。どんなに完璧に見える人でも弱点はあって、その弱点を把握してうまく行動しているの。だから、ミツキも自分の弱点や苦手なところをしっかりと把握して、それを予めカバーすれば、うまくいくんだよ」

 

 中学2年生の11月に塾を辞めて以来、本腰を入れて毎日2時間学習を始めた。3年生に進級するまでの4か月は、ずっとミツキの学習態度の1つ1つが、気になって仕方がなかった。
 小言魔と化した私は、毎日注意し続けた。折れないシャーペンや、持ち方矯正ペンも試した。小言を言わないで済むようにと、ありとあらゆる声掛けを試した。しかし、ミツキの意識は何ひとつ変わらなかった

「ジャン、バリン、ボーン!」

 3年生に進級した辺りから、ミツキは勉強中頻繁に謎の叫び声をあげるようになった。ミツキの中で、それまでは散り散りに渦を巻いていた様々な葛藤が、1つの大きな塊になろうとしていた。その目には見えない葛藤を打ち砕こうとする儀式へと発展したのだ。

 ミツキを追い込んではいけないと分かっているはずなのに。「自分を変えられるのは自分だけ」とミツキに強要してしまった。当たり前のことが出来ないから、今までも苦しんできたんじゃないか。

 私は小言を封印した。今、自分を変えなければいけないのは、私の方だと思った。

 

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