千葉遠征①
6年生になったミツキの帰宅時間は、日に日に遅くなっていた。
我が家と野島くんのマンションは隣り合っていて、マンションの間には小さな公園があった。入り口には公園の正式名称が書かれた看板があったが、子どもたちはみんな「となりの公園」と呼んでいた。ミツキと野島くんにとっては、となりの公園で間違いないのだが、それ以外の子どもたちもそう呼んでいた。小さいながらも人気の公園で、いつも子どもたちで賑わっていた。中でもミツキたち7人グループはまるで自分たちの縄張りのように居座っていて、5時のチャイムもお構いなしに話し込んでいた。ミツキの声はよく通るので、ベランダから公園の様子は見えずとも、いることは分かった。
「チャイムが鳴ったら帰ってきなよ」
「うん。分かってるけど、ついつい話が長引いちゃって」
「宿題とか、やらないといけないこといっぱいだよ。あなたは、時間もかかるんだから、せめて5時半には家にいるようにしなさい」
そんなやり取りが夕方の定番となっていた。
そのうち「6時には」になり、日が長くなるにつれて「6時半には」となった。居場所が分かっているだけに、安否の心配はないのがむしろ曲者だった。
5時の門限を守らせるにはどうすればいいのだろうか。同じ夕方5時でも、夏と冬では明るさが違う。冬は寒いし暗くなるのが早いので、子どもたちも早く帰ってくる。
しかし、夏はそうもいかない。「暗くなったら危ないから」が効かない。
「大抵の子どもは5時に帰るから、人通りが少なくなると危ないよ」と言うと、「となりの公園だから大丈夫」と返ってくる。
「宿題・ワーク・お風呂・食事をして9時に就寝だよ」と言うと、6時に帰ってきても案外しっかりとこなすので、「6時帰宅でも大丈夫じゃん」となる。
たまに就寝が9時過ぎたことを注意すると「こんなに早く寝るヤツは他にいない」と言う。
「中学生になったら部活や試験勉強で忙しくて、9時に寝たくてもできなくなる。一生のうちで9時に就寝できるのは、今だけだから大切にした方がいい」と言っても、未経験の子どもに通じるわけがない。
ならばと、友だちを引合いに出す。
「あなたは家の近くだからよくても、他の友だちはみんなバラバラの方向にひとりで帰るんだよ。危ないじゃん。早く帰らないと家の人が心配してるよ」
「分かったけど、それをオレに言われてもな」
「そりゃそうだけど。みんなでそういう雰囲気を作って、とにかく早く帰るべきだよ。私は、ミツキを心配してるから」
「わかったよ。今度から気を付けるよ」
そんな不毛なやり取りを続けていたある日のこと。
「つかれたー」
玄関に入るなり大声をあげ、ミツキはドサッと床に倒れ込んだ。7月で日が長いといえども、7時帰宅は遅い。この日はとなりの公園からミツキの声が聞こえなかったので、私は6時を過ぎたころから心配していた。
無事に帰った安堵からか、私は心配が怒りに変わり、仁王立ちで足元のミツキを見下ろし、怒鳴りつけようと息を吸い込んだその瞬間、
「じゃじゃーん! これはなんでしょう?」
すがすがしい笑顔をしたミツキが、何やら紙をひらひらさせた。怒るつもりがついミツキのペースに乗せられ、紙を受け取って見ると、それは東京ディズニーリゾートのイクスピアリのパンフレットだった。
「すごいでしょう。ムコとオレ、なんとディズニーランドまで自転車で行って、そして戻ってきたんだぜ。証拠の品として、本当はディズニーランドのパンフレットがほしかったんだけどね、それはパーク内に入らないと残念ながらもらえないんだよね。あー悔しい」
「アホか」
あまりのアホさ加減に思わず言葉を失った。