門限

 私はとても厳しく母に育てられた。小学生時代の私の門限は、4時半だった。友だちが5時まで遊んでいる中、塾や習い事をしているわけでもないのに4時半に帰らなければいけないのは、遊びたい盛りの小学生にとっては非常に困難なことだった。子どもの世界には子どもなりのルールが存在するのだ。しかし、母は聞く耳を持たない。

 なぜ4時半が門限だったかというと、家庭内で私に与えられた仕事をするためだった。ちなみに私の仕事を朝から時系列にすると次のようになる。

①起床後、家族4人分のパジャマを畳む

②家族4人分の布団を押し入れにしまう

③朝食後、食器を洗い、寝室2部屋に掃除機をかけてから
 登校する

④4時半に帰宅後、洗濯物を畳む

⑤風呂場を洗い、風呂を沸かす

⑥バスタオル・足拭きタオルを準備する

⑦5時に4人分の布団を敷く

⑧食器ふき

 これを小学3年生から大人になって1人暮らしをするまで時間的に可能な限りずっと続けていた。
 さらに小学校高学年のころは、下校後自分が出かける前に、4歳年上の兄に軽食を提供する時期もあった。軽食は大抵、トーストや焼き餅だった。

 母は、私が中学1年生までは専業主婦だったので「この人はこれだけの仕事を私に与えて、日中何をしているのだろう」と疑問だった。
 兄に対しても「なぜ同じ子どもでありながら、私だけ仕事が与えられるのだろう」と不思議だった。また「パンや餅くらい自分で焼けよ」と思っていたが、言えなかった。
 私は、シンデレラを演じることでやり場の無い気持ちを乗り切っていた。

 よく育児書に「家庭での仕事を与えると、子どもは親に信頼されていると感じて自己肯定感が生まれる」と書いてある。私の場合はそれを通り越して「家族が快適に暮らせるのは自分の働きによるものだ」と完全に自負していた。

 大人になってこれらの話を友だちにしたところ、かなり驚かれた。私は逆に、周りの友だちが何も手伝いをしていないことに驚いた。
 思い切って母に、私に仕事を与えていた理由を聞いた。「あんたが大人になって何もできなかったら、どうやって育てられたんだって、親が恥をかくからだよ。やらせておいてよかったよ。あんただってよかったでしょう」
 母らしい答えが返ってきた。

 実に腹立たしい返答ではあったが、手伝いをすることで私の家事スキルは確実に上がった。

 高校の部活動ではマネージャーをするのに役立ったし、バイト先では開店前の掃除を褒められて時給が上がった。初めての1人暮らしも家事で困ることはなかった。むしろ、自分のことだけをする家事なので楽に感じた。結婚して子どもが生まれても、家事のクオリティーを維持することができた。

 改めてふり返ってみると、家事の手伝いは私にとってプラスとなることが多く、母に感謝せざるを得ない。

 しかし、門限に関しては反論したい。

 4時半に帰宅というのがとにかく難しかった。家に着いていないといけないのだ。楽しく遊んでいる途中で友だちと別れるのは、酷な話だった。
 だから、当然間に合わないことが多々あった。恐る恐るドアノブを回して引くと、ガチャーンとチェーンの音が鳴り、それ以上ドアは開かない。細く開けたドアから顔を覗かせて「お母さん、遅れてごめんなさい」と言うが、返事はない。簡単には家に入れなかった。遅れた理由さえ言わせてもらえない。

 父の救済なしでは家に入れないので、いつも3,4時間は団地の非常階段に腰掛け、いろいろなことを考えた。

  • どのタイミングで友だちに帰ると告げるべきだったのか
  • 遠くまで行き過ぎたのがよくなかった
  • 信号が全部青だったら間に合った
  • 今日は間違いなく4時半ぴったりだったはずなのになぜだろう
  • 母は「4時半門限で4時半ぴったりに帰ってくるやつがあるか」と怒るが、ぴったりの何が悪いのだろう
  • そもそも友だちよりも30分も早く帰ってきていることをもっと考慮してもらいたい
  • 全力で走りながら、すでに私は反省している
  • 母が思っているよりも、私は反省している
  • 反省しても遅れるのには、計画に無理があるからだ
  • なぜ4時半? 5時ではいけないのか?
  • そもそも何のために家に入れないのか
  • 私を家に入れないことにより、母が代わりに洗濯物を畳み、お風呂の準備をする。母は余計にイライラするのだから、早く私を入れてやらせてしまえばいいのに。なんて非合理的なのだろう
  • もしかして、私の帰りを心配していたのかな?
  • いやそんなことはない。以前帰りが遅いことで怒っていたときに「あんたの帰りが遅くて大人に注意されたら、親が恥をかく」と言っていた
  • 母は、私を心配しているのではない。母自身の世間体を心配しているのだ
  • 時間厳守は大切だけど、もっと臨機応変であってもいいはずだ
  • 母は時間を守るという点では間違っていないが、叱り方が間違っている
  • 私は母のような大人には絶対ならない。私は子どもの立場の感覚を一生忘れない。

 私は、もし子どもの帰りが遅かったら、必ず理由を聞く。反省したらすぐに許す。子どもが子どもなりに、すでに反省しながら帰ってきていることに目を向ける。何度も遅れるようなら、一緒に対策を考える。約束の時間に無理がないか考え直す。
 そして、抱きしめてこう言うんだ。

「心配するから、今度からは早く帰ってきて」

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