武庫川くん

 3,4年生のころはクラスの男子10人くらいで遊ぶことが多く、そのメンバーは日々入れ替わり、いつも同じメンバーという訳ではなかった。それが5,6年生になると同じメンバー7人でほぼ確定した。みんなで遊ぼうというときは、7人。少人数でサクッと遊ぼうというときは、ミツキ・野島くん・武庫川くんの3人。

 武庫川くんとは幼稚園でクラスが同じだった。そして小学校では3年生以降はずっと一緒だ。武庫川くんのお母さんはイベント開催が得意で、幼稚園のときも3年生以降も、何かと親子イベントを開催してくれた。
 武庫川さんは顔が広く、女の子にも声を掛けてくれた。女の子のお母さんと知り合える機会は貴重だった。武庫川くんの妹はリオの2つ年下でリオと気があった。おかげで人見知りのリオもイベントに参加しやすかった。

 4年生の秋、夕方家にいるとリオの友だちのお母さんから電話が入った。

「リオちゃんのマンションの屋上の柵もないところに子どもが2人いて、屋根から顏を出してるの。ずっと、やめなさいって叫んでるんだけど、うちからじゃ声が届かなくて。屋上に言って注意してほしいの」

 これは一大事と、私はすぐに屋上に向かったが、屋上なんてあったかなと首を傾げた。住んで10年になるが、最上階に行くのは初めてだ。
 エレベータを降りて、屋上の意味が分かった。L字型のマンションで南側は10階まであり、西側は9階までの造り。10階の廊下の柵を乗り越えると、9階の居住スペースの屋根部分が広がっていた。乗り越えてはいけない柵なので、あくまでも屋上ではない。
 エレベーターを降り、柵に静かに近づいた。柵の隙間から2人の少年が腹這いになり、建物から頭を突きだし、下を見下ろしているのが見えた。
 その背中を見て衝撃が走った! ミツキと武庫川くんだ! 怒鳴ったら驚いて転落してしまう。悪いことをしているときは、小さな音にも敏感に反応するはずだ。私は、サンダルの踵をわざと地面にすりながら、2人から遠ざかる方向に数歩歩いた。足音に2人が振り向いた。

「ゆっくり後ろに下がって、こっちにおいで」

 静かに声を掛けた。2人はずりずりと下がって立ち上がると、猛スピードで柵を越えて廊下に戻った。

「申し訳ございませんでした」

 2人は廊下に土下座した。

「バカだね。土下座するほど悪いことしてるって分かってるなら、最初からやるなって」

「はい、もう絶対にしません」

「落ちたら確実に死ぬよ。ちょっと覗いてみたいなって気持ちになるのは、分からないでもない。それでも、やってはダメなんだよ」

「はい、よく分かりました」

「私は子どものころ団地に住んでいたから、そうやって死んでいった子どもたちが身近にいたんだよ。1人は、ベランダから隣りの部屋に移ろうとして。もう1人は、柵の上に座っていてバランスを崩して。2人ともいつもやっているから大丈夫って。でも、落ちちゃったんだよ。だから、もう2度とやってはいけないんだよ。わかったか!」

 2人は震えながら、何度も頷いた。

「本当にもう、落ちなくてよかったよ。じゃあ、もういいから。安全で健全な遊びをしておいで」

 2人は、ピャーッと私の前から走り去っていった。その後、武庫川くんのお母さんには「もう相当反省してるから怒らないでね」と付け加えて、報告だけした。私自身もミツキには、もう何も言わなかった。

 子どものころ私は、母に延々と繰り返し何時間もクドクドと叱られた。初めのうちは猛省しているが、そのうち悲しくなり、うんざりし、いつしか何も聞こえなくなり、頭痛がした。自分に子供が出来たら、ピンポイントで短時間で理解させる努力をしようと思っていた。

 それにしても、電話がかかってきたときには、まさか我が子がいるとは微塵も思わなかった。教えてくれた友だちのお母さんにお礼の電話をすると、私以上に「ミっちゃんだったの?」と驚き、落ちなくてよかったと声を詰まらせた。その後「まさかのミっちゃん」と言って2人で爆笑した。

 武庫川くんとは、それまでも時折遊んでいたが、この事件後は今まで以上に強い結束が生まれ、毎日のように遊ぶようになった。

 5,6年生では、ノジ・ムコ・ハノは仲良し3人組となり、生涯忘れることのない楽しい時間を過ごすこととなった。

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