大物かうつけ者か

 5年生の前期成績表が出る直前の保護者会で、成績表のつけ方について説明があった。成績は3段階評価。各教科5項目に分かれており、そのうちのひとつは、主に宿題が期限以内に提出されているかで判断するとのことだった。

 ミツキは学校から帰ると毎日元気に遊びに出掛け、暗くなるまで帰ってこない。帰ってきてもなかなか宿題に取りかからない。やっと始めても集中できない。
 私が声を荒げたところで逆効果なので「7時になったら食事だよ」とか「宿題どこまで終わったかな」とか「はかどってるかな」などと、集中力が切れたころにさりげなく話しかける。

 リオは、門限通りに帰ってくるし集中力もあるので、あっという間にやるべきことを済ませてしまう。そして、お腹がすいてもミツキの勉強のきりのいいところまでじっと我慢してくれる。これに報いるためにも宿題の項目だけは「優」がほしいところだ。

「宿題の項目は、優をとれるよね?」

 夕飯をテーブルに並べながら尋ねると、ミツキが固まった。

「やばい、今朝宿題出すのを忘れた」

 戦いの火ぶたが切って落とされた。

「ん?それどういうこと?」

 私は仁王立ち。ミツキは棒立ち。お腹の前で両手を組んだり離したりしながら言い訳モードに突入。

「宿題は毎日ちゃんとやってるし、学校にも忘れずに持って行ってるよ」

 だが、あろうことか、提出し忘れてしまうことがしばしばあるという。

「提出し忘れるなんて、あるわけないだろ!」

 宿題は、朝一番に教室の前方に置かれた箱の中に入れることになっている。

「教室に入ったらすぐに誰かとしゃべっちゃって、話しに夢中になって忘れちゃうんだよ」

 今すべきことを後回しにしてしまうのが、ミツキの悪いところだ。しかも、忘れてしまうのは仕方ないことだと言い、反省の様子もない。

「あなたは、遊ぶことと食べることばかりに一生懸命じゃない! すべきことをしっかりと出来ないような子に食べさせる夕飯はない!」

 話が飛躍しすぎだと自分で分かっていても、怒りが収まらない。ミツキはシュンとして自室に戻った。

 9時就寝が我が家のールだ。8時半をまわり、自室でお腹を空かせてシュンとしているミツキを見て、育ちざかりの子どもになんという重い罰を与えているのだろうと心苦しくなった。しかし、まだ怒りが収まらない。

「私はまだミツキに夕飯を出す気になれない。どうしても食べたいなら、自分で買ってきなさい」

 自分でも滅茶苦茶なことを言っているのはわかるが、気持ちが収まらないのだ。『ごめんなさい。今日はもう寝ます』そんな言葉が聞けたら『次からは気を付けるんだよ』と言って、夕飯を出すのに。しかし、ミツキはそんな子じゃない。

「はい!」

 ミツキはおこづかいを握りしめ、そそくさと出かけて行った。

「ママ、もう夜遅いよ。危ないよ」

 リオが心配そうに言った。もちろん、私も心配だが、家から目と鼻の先にあるスーパーは9時まで営業しているし、人通りもあるからなんとか大丈夫だろう。15分もすれば帰ってくるだろう。

 ところが、9時を過ぎても帰ってこない。

 私は、スーパー、コンビニ、公園など、あちこちミツキを探し回った。さらに20分が経過し、捜索範囲を広げようと自転車の鍵を取りに家に戻ると、ミツキはすでに帰っていた。

 安堵に続き、更なる怒り、いったいどこで何をしていたのかという疑問。様々な感情が襲い掛かってきた。今ミツキと話したら、怒りが先行してしまう。すべての気持ちを抑え「今日はもう寝よう」と言った。

 子どもたちが眠った後ミツキの机を見ると、おこづかい帳とレシートが置いてあった。見てびっくり。なんとミツキは、家から1キロほど離れた大型ショッピングセンターのハンバーガーショップに行っていたのだ。

 翌朝、事の顛末を聞いた。近くのスーパーに行ったが、閉店間際でお弁当類が何もなかった。そこで、せっかく食べるのなら安くておいしいものが食べたいとハンバーガーショップを思いつき、フードコートで食べてきたのだという。

 怒られている最中の人間のやることだろうか? パンとかカップラーメンなどを買ってきて家で食べる方が無難ではないのか? 反省もせず、食へのこだわりを突き通すとは、大胆不敵だ。

 学校から帰ったミツキを捕まえて、ことの発端である宿題提出の件からひとつずつ改善点を諭すと、神妙そうな表情でうなずいた。

「わかりました」

 神妙な表情から一転、ニッコリ笑顔で。

「では、遊びに行ってきます」

 逃げるようにミツキは家を出ていった。

 1時間後、買い物がてら近くの公園の前を通りかかった。ミツキが数人の友だちと遊んでいるのを発見。

 私はミツキと友だちに近寄り「この子の昨夜の話聞いた?」と、尋ねた。

「聞いたよ。初めはハンバーガーいいなと思ったけど、よく考えてみたら、自分には無理だなって思った。なんか、葉野はぶっ飛んでるよ。ある意味すげーよ。尊敬する」

と、みんな声をそろえた。友だちに謎の称賛されて満足げな顔をするミツキ。なんか腹立たしい。

 ミツキは、どんな大人になるのだろうか。心配でしかたないのだが、その一方で、もしかしたら大物かと思ってしまう親ばかな私もいる。そう思うと急にミツキが愛おしく思えてくる。

「いくら好きなものを食べるためって言っても、不安だったよね? 慌てて流し込むように食べたんだよね?」

と、私がその時の状況を思いやると、

「流し込むってどういう意味ぃ?」

と、ミツキが聞き返えしてきた。

 残念ながら、やはりうつけ者のようだ。

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