葉野ミツキの育て方

そんなトリセツ、あったらいいのに

入部について考える

 野島くんが練習を休んだら自分も休むようでは、入部したところで続くわけがない。ミツキ自身、入部について自問自答していた。仮入部4回目の日曜日、野島くんは家庭の用事があり、予め休みが決まっていた。

 「ノジが休みでも、オレは今日の練習に行くぞ。そして、野球自体が楽しいかどうか確認してくる」

「そうだね。野球自体が好きでないと、続かないよね」

「いいぞ、ミツキ。今日帰ってきたら、お父さんと一緒にチームに入るメリットとデメリットを書き出して考えてみよう」

 ミツキが入部を考えているこの時期、私とパパの気持ちも大きく揺れていた。

 ミツキのやりたいことを応援したい気持ちが一番ではあるものの、複雑な思いもあった。 

 そもそも私は野球に全く興味がなかった。もっと言うと、子どものころは、好きなテレビ番組が見られなくなる野球中継を憎んでさえいた。試合時間長すぎ! 延長なんかするな! とよくテレビの前で怒っていた。

 少年野球といえば、母親の出番が多い。面倒くさいな。学校公開でミツキを観に行っても、不甲斐なさにガッカリしたり、恥ずかしい思いをしたりする事が多いのに、更にそういう場面が増えるのか。私のメンタル大丈夫かな?

 6年生の母親の中からチームの会計さんとして2名が毎年選出され、監督・コーチ・部員のパイプ役となる。現金の扱い、運動会や初日の出マラソン、クリスマス会や卒部式の仕切り、夏合宿の手配を行なう。この年は6年生がミツキと野島くんが入部して3名になる。会計さんになる確率が高すぎた。

 私が毎週のように球場に顔を出すようになったら、リオはどうするのだろう。昔、友人がため息交じりに話していたことを思い出す。
 友人のミナコには、年子の弟がいた。弟は少年野球チームに所属していて、父親はそのチームで監督をしていた。母親も毎週球場に顔を出していた。ミナコは、休みの日はいつも1人だったという。小学校低学年のころはさみしかったが、高学年になると、ひとりで行動できる身軽さを気楽に感じるようになった。中学生以降は、遠方に引っ越した友人宅に1人で泊まりに行ったり、芸能人の追っかけをしたりと、自由気ままに楽しい日々を過ごしていた。家族に干渉されない生活を満喫していた。
 ところが、20代前半に結婚をしたことにより、突然不自由さを感じるようになった。自分の思うままの行動ができないことに苦しんだ。そして、数年で離婚した。ミナコは「野球や家庭環境のせいとは言い切れないけど、人格形成に多少の影響はあったんじゃないかと思う」と言った。 

 私とパパが野球にかかりきりになって、リオにさみしい思いをさせることはしたくない。リオは人見知りと場所見知りの激しい子で、野球関連で連れまわすことは避けたかった。

 パパは、大の野球好きだ。子どものころ本当は少年野球チームに入りたかったのだそうだ。大学では野球部に所属し、社会人になってからは、学生時代の仲間と「葉野ボンバーズ」という名のチームを作り、以前は頻繁に活動していた。

 それだけに、ミツキに野球の話が持ち上がったことで、パパがコーチになりたいと言い出すのではないかと、私は心配していた。しかし、パパにその発想は無いようだった。自分が野球を楽しむ分にはいいが、コーチをする気はないというスタンスのようだ。リオにさみしい思いをさせることや、遊びに連れて行ってやれない可能性も懸念していた。

  レッドウィングスの人材構成は、次の通り。チーム発足当時からいる、代表や総監督などの数名の方々。かつて自分の子どもが入部したのを機にコーチとなり、子どもが卒部後も引き続きチームに残って活動している2名の監督。現在子どもがチームにいて、コーチをしているお父さん方。多くのお父さんがコーチとしてチームに参加していた。
 それから、いつもたくさんのお母さん方が球場に来ていた。中には、小さな妹や弟を連れているお母さんや、赤ちゃんをおんぶしているお母さんまでいた。

 ふと、チームを盛り上げるために尽力する監督やコーチやお母さん方を、まぶしく思った。ミツキが新しいことに挑戦しようとがんばっているのに、私とパパは後ろ向きな発想ばかりをしていることを恥ずかしく思った。 

 もし、ミツキがチームに入部を決めたら、全力で応援しよう。ただし、リオにさみしい思いだけはさせない。ミツキには私、リオにはパパの二本柱でやっていこう。

 その日、練習から帰ってきたミツキは、晴れやかな表情で言った。

「ノジがいなくても今日1日楽しかった。みんな優しいし、おれ入部したい。お弁当とかママには迷惑かけるけど、よろしくお願いします」

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