野島くん

 ミツキと野島くんは、小学1年生から同じクラスだ。1年生のとき、担任の石倉先生に「葉野・野島引離し宣言」をされて以来、宣言通りあまり遊ばなくなっていたが、3年生からまた遊ぶようになった。

 野島くんは、我が家の隣りのマンションに住んでいた。外で遊ぶことの方が多かったが、ときどき家に遊びにきた。私は野島くんが遊びにくると、とてもうれしかった。礼儀正しく、人懐こく、かわいい子なのだ。

 私がキッチンで夕飯の支度をしていると「あのねえ」と言って学校での出来事を話してくれる。口の達者なミツキに対して、野島くんの口調はゆっくりだった。野島くんが「あのねえ、それでねえ」と言いている間にミツキが話のオチを言ってしまうので私はハラハラするのだが、当の野島くんは「うん、そうなの」とニコニコしているところがかわいかった。一見のんびりしているように見えても芯はしっかりしていて、ミツキが間違ったことを言うと、しっかりと正論が言えた。そんなやり取りを見ていると、野島くんはしっかりしているなと、少しだけ二人の間に優劣を感じた。

 ところが、宿題や翌日の持ち物などの連絡事項について尋ねてくるのは野島くんで、それにしっかりと答えているミツキを見ると、ミツキも捨てたもんじゃないなと感心した。倉山先生の言う、対等な関係というものが二人にはあった。

 3年生ともなると、休日の過ごし方に対する考え方が少しずつ変わってくるようで、ミツキとしては親と過ごすよりも、友だちと遊ぶことを望んでいた。しかし、残念ながら野島くんと休日に遊ぶことは出来なかった。野島くんはリトルリーグ世界一になったこともある強豪野球チームに所属していたのだ。

 休日の朝に雨が降っていると、ミツキはそわそわした。電話のベルが鳴ると、ご主人様の帰宅を待ちわびていた飼犬のように飛び跳ねながら受話器を取る。

「うん、ひまひま! あそぼーぜ!」

 野島くんからの遊びのお誘い電話だ。雨で野球の練習がお休みになると、電話がかかってきた。実際には無いはずのしっぽがミツキのお尻についていて、ちぎれんばかりに振られているのが私には見えるのだった。

 野島くんのお父さんの仕事は水曜日が休みで、野島くんは家族で過ごすことが多かった。水曜日は唯一の4時間授業なので、ミツキとしては、遊ぶ時間のたっぷりある日に野島くんと遊べないのは残念な様子だった。そんな折り、当時スケボーにはまっていた2人のために、野島くんのお父さんが車で1時間ほどの場所にあるスケーボーパークに連れて行ってくれた。そのときのミツキの喜びようはすさまじく、しっぽが完全に振りちぎれて放物線上に飛んでいくのが私には見えた。

 夏前までは野島くんを含めた少人数で遊ぶことが多かったが、次第に大人数で遊ぶようになった。大人数で遊ぶようになると『遊び仲間①~③』で書いた通り、ボス的存在とうまくいかずにしばらく友だち関係に悩むようになった。

「そんなとき、野島くんはどんな感じなの?」

 辛そうなミツキを見兼ねて、すがるような気持ちで野島くんの様子を聞いてみた。

「ノジがいるときは、そんなにつらくないんだ。だから水曜日はあんまり楽しくない」

 直接的な解決に導けないまでも、野島くんの存在はやはりミツキにとって大きいのだなと実感した。

 倉山先生のアドバイスのおかげで、大人数の中での対等な友だち関係を築くことができたミツキは、一気にはじけた。

 4年生に進級したある晴天の日曜日、ミツキが朝からそわそわしていた。野島くんと遊ぶのだという。

「ノジが野球チームを辞めたんだ。オレは秘かにうれしいんだ」

 秘かにとは言い難いほどに、しっぽを振り回しながらミツキは言った。

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