WISC-Ⅲ

 月に1度、スクールカウンセラーの笹本先生のもとを訪ねた。

「うん、うん、それはお母さん大変でしたね。でも、その対応でいいと思いますよ。その方法でまた様子を見てみましょう」

 笹本先生にそう言ってもらえると、1か月分の心のつかえがとれた。しかし、気分をリフレッシュして育児に臨んでも、ミツキを良い方向へ導くことはままならなかった。

 2年生に進級したミツキは、学校にも慣れて友だちとも毎日元気に遊んでいた。1年生のときに比べたら問題ないようでありながらも、課題は山積みだった。

「指導の方向性が正しいのか不安です。指導方法を教えてくれる機関はないでしょうか」

 私は、笹本先生に泣きついた。それまでは、ミツキのことを困ったと口では言いながらも、それなりに楽しんできた。

「悩み事発生→解決に向けて情報収集→実践→解決」

 悩み事が発生すると、イヤだなと思う一方で、解決に向けて力が湧いてくる感覚が好きだった。そして、解決したときの達成感。今まで知らなかった解決法を習得した喜び。自分自身の成長がうれしかった。

 しかし、このときの私は、もうネタが尽き、解決案が見つからなかった。

 笹本先生は、教育センターで発達障害の検査を受けてみてはどうかと提案した。笹本先生は、カウンセリングの初期段階で、教育センターに行くべきと判断していたに違いない。しかし、その流れになるまで待っていたのだと思う。

 しかし、このタイミングでも、私にはまだ早かった。以前から発達障害が気になってはいたが、いざとなると真実を知るのが怖かった。私は、もう少し様子を見たいと断った。笹本先生もそれ以上は何も言わなかった。

 ところが、2年生の夏休み前の面談で、担任の石倉先生は、検査を強く勧めてきた。

「葉野くんの得手不得手を深く知りたいのです。得意なことを伸ばし、苦手なことを理解してフォローするために必要です」

 真実を知っても治る病気でもないのに、その必要があるのだろうか。検査に対して私は否定的だった。しかし、石倉先生のためらいのない言葉に背中を押された。

 8月18日、教育センターでWISC-Ⅲという検査を受けた。

 WISC-Ⅲとは、ウエクスラーが開発した知能検査のうち、子ども(5~16歳)を対象とした検査の第3版のこと。子どもの知能発達の状態をプロフィールで表示し、個人内差(個人の中での得手不得手)を知ることのできる検査である。

 9月6日、教育センターの臨床心理士の先生から、テスト内容の説明と結果用紙に書かれた各グラフの見方の説明があった。

 テストは、13種類。知識・類似・算数・単語・理解・数唱・絵画完成・符号・絵画配列・積木模様・組合せ・記号探し・迷路

 各テストの点数を折れ線グラフで表記している。定型発達の場合、各テストの点数に差があまりないそうだ。つまり、折れ線グラフは、なだらかな線になる。

 ミツキのグラフの線は、大きく波打っていた。知識と単語がずば抜けて高く、類似・数唱・積木模様・組合せ・迷路はひどく低かった。算数・理解・絵画完成・符号・絵画配列・記号探しは、平均的だった。

 これらのテスト結果から、言語理解・知覚推理・注意記憶(ワーキングメモリー)・処理速度の数値が算出される。ミツキは、言語理解と処理速度が高く、知覚推理と注意記憶(ワーキングメモリー)が、低いことが分かった。そして、この4つを総合した全検査IQの数値が、定型発達の平均内の値よりも少しだけ低かった。

 臨床心理士の説明は、ここまでだった。発達障害は『自閉症スペクトラム』『学習障害』『注意欠如・多動性障害』と主な3つのタイプに分けられる。ミツキがどのタイプであり、今後どのような療養があるかなどは、小児科の医師の判断が必要とのことだった。

 9月9日、笹本先生に報告した。この3日間、私の思考は、ストップしていた。笹本先生に「わかってよかったと思う」と前置きをしながらも「知りたくもなかった事実を無理やり知らされてしまった」とクレームめいた発言をしてしまった。

「ミツキくんが、学校生活を円滑に過ごすための資料として、検査結果の用紙をコピーしてもいいですか?これをもとに、石倉先生と今後の対応について話し合います」

 ありがたい申し出であるにもかかわらず、隠しておきたい気持ちがこみ上げてきて、曖昧な返事をした。

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