葉野ミツキの育て方

そんなトリセツ、あったらいいのに

奔走あるいは迷走

 笹本先生のカウンセリングを受けたことにより、私自身の言動は間違っていなかったのだと、自信を持つことはできた。しかし、ミツキに対しての悩みは、解消されなかった。

 学習面での不安。どうしようもなく勉強ができないわけではないが、気分次第で出来具合が大きく左右された。また、理解の仕方が独特で、教え方に工夫が必要だった。学習障害(LD)の子ども向けの学習方法を試してみるとうまくいくことが多いことから、発達障害の懸念が消えなかった。

 不真面目さ。石倉先生の指摘は、認めざるをえなかった。ミツキの頭の中は、やりたくないことで溢れていて、やらなくてはならないことから逃げようとばかりした。しかし、集団行動ではそれが許されない。

 やりたくないことをやらなくてはいけない心の負担。授業中、じっと席に座っているだけでも、ミツキには大きな負担になっていたに違いない。

 ミツキが謎の反復行動を発症したのはこの頃だった。家を出るとき、靴のつま先をスーッと床にこする。玄関ポーチの壁を人差し指でスーッとなでる。「行ってきます。気を付けてね」と繰り返し言う。「気を付けるのはおまえだろ」とツッコミたくなる。私とミツキは、これらの行動を「儀式」と呼んだ。ミツキ曰く、儀式をすると気持ちが落ち着くのだそうだ。

 儀式は、初めは小さな動きなのだが、日に日に大きくなり、回数も増える。

「ミっちゃん、あまり儀式を大きくやると、ついお友だちの前でやっちゃったとき、ばれちゃうよ」

 忠告すると、大抵その儀式は終了した。そして新たな儀式が始まった。2,3か月ごとに、新たな儀式が生まれは消滅していった。

 儀式の種類は、中学3年生までに50種類はあった。どれも失笑してしまう謎の行動ばかりだ。ちなみに中3のころの儀式は、つい大声で「ジャンバリンボーン」と言ってしまうもの。本人曰く、「目の前のよくないものを打ち砕いた音」なのだそうだ。受験でそうとう心身喪失していたのだろう。かなり、ヤバかった。

 やめろと言ったところで止められないので、ミツキが言った直後に私も「ジャンバリンボーン」と大声で言う。他人のふり見て我が振り直せ、作戦だ。

 子育て本を読んでも、ミツキの状態と照らし合わせて参考になるものはなかった。そこで、パソコンに噛り付き、様々なキーワードからネット検索するようになった。

 あるとき、子どものさまざまな壁を乗り越えるための本の情報に目が留まった。取り寄せて読んでみたが、正直言って当たり前すぎることが書かれていて、バカバカしかった。しかし、なぜか心が惹かれた。その著者のことを調べていくと、人間の心の奥に潜む悩みの元を解消するセミナーを開催していた。いったいどういうものなのだろうと興味が抑えきれなかった。そして、調べていくうちに、それが怪しい集団だということが分かった。私は心配のあまり、心の隙間を突かれたのだ。

 更にパソコンに噛り付いていると、「抱っこ法」というワードに目が留まった。

 抱っこ法とは『気持ちを抱きしめ、よりよい人間関係を築いていくためのメソッド』で『赤ちゃんの抱っこの方法』ではない。子どもの困った行動・気になる様子の裏には、子どもなりの切実な気持ちが隠れている。子どもの『隠れたホンネ』を明らかにし、その子本来の成長力を回復していくノウハウである。

 抱っこ法に目が留まった理由は、ミツキがあまり泣かない子どもだったからだ。泣かない子どもは、ストレスを溜め込み、イライラしていても、それをどう表現すればいいのかが分からないという記述を見て、ミツキに当てはまると思った。リオが生まれてからのミツキは、甘えることを遠慮しているように思えたのだ。

 調べていくうちに、抱っこ法のカウンセリングを受けられる場所が近所にあると知り、すぐに予約した。7歳半であることを伝えると、抱っこ法が効果的な年齢は7歳までで、ギリギリ間に合うとのことだった。

 マンションの一室で迎えてくれたのは、とてもやさしそうなおじいちゃま先生だった。予め抱っこ法について書かれた、阿部秀雄著の『大好きを伝え合う子育て』を読んでいいたので、どんなことをするのか理解しているつもりであったが、実際は想像をはるかに超える修羅場だった。

 やさしく抱きしめるというような抱っこではなく、隠れた本音を引き出すための抱っこ。逃げようとするミツキを拘束し続け、わめこうが、罵声をあげようが、激しく抵抗しようが、有無を言わさず、決して途中で妥協しない。泣かないミツキを泣かせるための抱っこ。

「この、くそじじい。離せ」とミツキは大声で叫び、ついに発狂し、号泣した。こんなミツキを見たことがない。というか、こんなことしたら、誰だって苦しくて泣くに決まっている。私は、何が何だか分からなくなり、ミツキとともに号泣した。

 次回の予約を促され、予約をしながらも、迷いがあった。ところが、帰り道のミツキは不思議なくらいスッキリした表情をしていた。

「来週も予約取ったよ」

「えー。まあいいか。行ってやるよ」

 あっさり承諾。実際翌週もすんなりついてきた。そして、部屋に入るなり「よお。くそじじい」と挨拶した。そんな悪い口を利く子ではないのでびっくりしたが、先生は、平然としていた。そして、また発狂、号泣して終了。

「ミツキくんは、抱っこしているときの体のこわばりがなくなったから、もう大丈夫」

 4回通って終了した。

 本音を言うと、現場の修羅場感が激しすぎて、連れて行ってよかったのか、未だにもやもや感が残っている。その反面、抱っこ法を理論的には正しいとも思っている。

 効果としては、ミツキが甘え上手になったことは確かである。

 この頃の私は、ミツキのためになること探しで必死だった。しかし、それが本当にミツキのためになっていたのかと問われると、まったく自信が無い。

 

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