消しゴム事件②
翌朝悩んだ末に、次のように書いた連絡帳をミツキに持たせた。
「お友だちのことでの相談の件ですが、ミツキと話合い、ひとまず解決いたしましたので、お電話は結構です」
ずいぶん勝手な言い分だが、先生の手を煩わすまでの話ではないと思ったのだ。しかし、そんな勝手はやはり許されるわけもなく、「そういう訳にはいきませんので、本日ご連絡させていただきます」と書かれた連絡帳が返ってきた。
「うわー。だよねー。そりゃそうだよね。ああ、困った」
頭を抱える私をよそに、ミツキはピャーッと遊びに出掛けてしまった。
プルルルルルル
「先生に相談する前にしっかりと子どもの話を私が聞けばよかったことで、お手数をおかけして申し訳ありません」とした上で、隠しても仕方ないので事の顛末を正直に話した。
「はい、今日学校で私も葉野くんと望月くんから話を聞きました」
私の頭はパニックになった。この件について、先生や望月くんと話合いの場が持たれたことを、ミツキから何も聞いていなかったのだ。あのヤロー、何も言わずにピャーッと遊びに行きやがって。ふざけたヤローだ。
「消しゴムをちぎったのは、望月くんではありませんでした」
はい、その通りです。ていうか、望月くんにそのことを確認したのか。まずい。ミツキと望月くんの関係が余計に悪化してしまう。
「今後このようなことがないように、葉野くんに話しました。望月くんにも葉野くんに嫌がらせをしないように話しました。
「はあ。ありがとうございます」
「葉野くんがイヤな思いをしたということは、よく理解しました。しかし、葉野くんにもよくないところがあります」
「はあ。どのようなところでしょうか」
「お友だちとのコミュニケーションが少しずれているようです」
「具体的にはどんなことでしょうか」
「鬼ごっこのルールに従わないようです」
「そうですか。なんとなく分かります」
「まあ、そういったところで、お友だちとうまくいかないことがあるようです」
「そうですか。分かりました。私ももう少しミツキとよく話をしてみます。また何か先生の方で気づかれたことがありましたら、教えてください」
ミツキの遊び方は、確かに変わっている。ルールに従わないのも確か。だが、今まではその変人的発想力がミツキの魅力として成立していた。小学校での今の環境にはそぐわないのだろうか。
数日後の休日。昼過ぎにミツキとリオを連れて散歩をしていると、偶然望月くんに会った。互いに一瞬半歩たじろいだが、結局すぐに2人で遊び始めた。私は、リオを遊ばせながら2人の様子を伺った。
2人は「だるまさんがころんだ」を始めた。すると、案の定ミツキがルールをどんどん変えていき、元の遊びの原型がなくなっていった。望月くんは戸惑い顔とも呆れ顔ともとれるなんともいえない表情で、正式なルールを貫いていた。一生交わらない不毛な遊びで、さほど楽しそうでもなかったが、不思議と延々と続いた。
互いに気になる存在だけど、交じり合うのは今はまだちょっと難しそうな2人。でも、何かのきっかけがあれば仲良くなりそうな2人に見えた。
この件について、ミツキにはもう何も言わなかった。ミツキはこのままでいい。2人の様子を見守ろう。
その後2人は、6年間同じクラスで過ごすこととなる。
1・2年生は文句を言いながらも、なんだかんだで、よく遊んでいた。文句を言うくらいなら遊ばなければいいのにと思うのだが、遊べばそれなりに楽しい。お互いに気になる存在のようだった。
3・4年生では、仲の良いグループが分かれ、あまり遊ばなかった。
5年生では、またしばしば遊ぶようになったが、文句を言うことは、もうなかった。
そして、6年生。ミツキと望月くんは、本人たちも想定外ほど仲良くなった。
その後、2人は別々の中学・高校に進学したが、休日に遊ぶこともあった。朝の登校途中で望月くんに会うと、ミツキのテンションは、帰宅後も高かった。中学2年生の夏、ミツキが家出をした際には、望月くんとお母さんには大変お世話になった。
「ミツキともっちゃんが、こんなに仲良くなるなんてね。あの、消しゴム事件はいったいなんだったんだろうね」
「わあーーーーーー、その話はやめてくれーーーーーー」
消しゴム事件は、ミツキの最も消したい黒歴史である。