消しゴム事件①
夕方いつものように、ミツキが宿題を始めたので、様子を見ていたときのこと。筆箱を開けると、粉々にちぎられた消しゴムが出てきた。
「なにこれ。ミっちゃん、こういうことしちゃダメだよ。消しゴムが泣いてるよ。消しゴムにも心があるんだよ」
「オレがやったんじゃないよ」
「どういうこと。じゃあ誰がやったの?」
「望月だよ」
「なんで、望月くんがやったの?」
「知らないよ。イヤなやつだよ、あいつ」
その後、何を問いかけてもミツキは「あいつはイヤなやつだ」を繰り返した。
「とにかく、これはよくないね。本当に望月くんがやったの? 先生に相談するよ」
「相談なんかしなくたっていいよ」
「連絡帳に書くから出して」
望月くんといえば、入学式の日に算数の問題出した斜め前の席の子だ。
ミツキに連絡帳を出してもらい、連絡帳に「お友だちのことで相談があります。本日の放課後ご連絡させていただいてもよろしいでしょうか」と記入した。
翌日、先生からの返答は「本日は出張の予定が入っていますので、明日こちらからご連絡します」とのことだった。
「先生、明日電話くれるって」
「ママ、あのさ」
「なに」
「あのさ、先生にもう言わなくていいよ」
「なんでよ」
「消しゴム、本当は自分でやったんだ」
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ママ、ごめんなさい」
「はあ? 今さら何言ってんだよ」
「ごめんなさい」
「もう! どういうこと? ちゃんと話して」
「あのね、だからね」
ミツキは、うつむきながら、お腹の前で左右の手を合わせたり離したりとモジモジしている。ミツキの怒られ時の反省スタイルだ。
「望月は、やってない。オレが自分でやった」
「それはもう聞いた。なんで、ちぎったの?」
「望月が、イヤなことばかり言ってくるから、なんかムカムカしたからやった」
「それで自分がやったのに、人のせいにしたの?」
「うん、だってあいつイヤな奴なんだもん」
「イヤな奴だからって、人のせいにしていいなんてことはない!」
「はい、分かってます。ごめんなさい」
「望月くんは、何でもよくできる子なんだよね?それで、ミっちゃんのことをいちいちバカにしてくるんだね?ママもそれはいつものミっちゃんの話から分かっているよ。とてもイヤだったんだよね?」
「うん」
ミツキの顔が、悔し気に歪んだ。
「わかったよ。それはよく分かった」
「うん」
「でもね、それと人のせいにすることや、物にあたることは、まったく話が別だよ。どんなにイヤだと思う人でも、無実の罪をきせてはいけないよ。それから、物にもあたってはいけないよ。ミっちゃんの役に立ちたくて、ミっちゃんのところに来た、消しゴムだよ。それをちぎって使えなくしたら、消しゴムがかわいそうなんだよ。何度も言うけど、物にも心があるんだよ。分かったね」
「うん」
「じゃあ、今ママが言ったこと、大事なことを二つ言ったよ。なんて言ったか繰り返して」
「えっと、えっと」
「一つは」
「物を壊さない」
「壊さないじゃなくて、物にあたらないだよ」
「うん、物にあたらない」
「どんなにイヤな気分になってもだよ」
「うん、わかった」
「じゃあ、もう一つは」
「人のせいにしない」
「たとえどんなにイヤな思いをしても、事実と違うことを、人のせいにしてはいけないんだよ」
「うん、わかった」
「じゃあ、もう今回はいいけどさ。まったくもう! 明日、先生から電話来ちゃうじゃん。どうすりゃいいの」
「ママ、ごめんなさい」
「ていうかさ、本当はさ、ママが一番ショックなのは、ミっちゃんがウソをついたってことなんだけど。ミっちゃん、そもそもウソはいけないよ。ママはとっても悲しいよ」
子どもがウソをつく心理。ウソをつく子どもより、ウソをつかせた大人が悪い。ミツキにウソをつかせたのは、私に原因があるのだろうか。これからどんな風にミツキに接していくべきなのだろうか。誰かに相談したかった。