勇気100%
6月の第一土曜日に運動会が開催された。まだ入学して間もない1年生にとっては、初めての見せ場だ。そして、ミツキにとっては、立ちはだかる高い壁となりそうだ。想像するだけで、私は心配を募らせた。
リオを遊ばせる名目で、小学校の隣の公園へ行った。真の目的は、運動会練習の様子を覗くためである。2日後の運動会に向けて合同練習があるとの情報を掴んでいた。
公園側はほとんどが塀で覆われていて、校庭全体を見ることはできないが、幅2メートルほどの通用口からチラッと中の様子が見える。まだ他学年の児童が、練習をしていた。リオの気の向くまま、ひと通りすべての遊具で遊ぶ。砂場遊びに落ち着いたころ、1年生が校庭に出てきた。
1年生の出場競技は、ダンス、かけっこ、玉入れである。すぐにダンスの練習が始まった。児童は、赤、黄、緑、青の軍手と鉢巻を身に着けている。ミツキは青グループ。校庭いっぱいに広がって並んでいるので、青グループの列は残念ながら見えない。児童の立ち位置がきまったところで曲がかかった。『勇気100%』という曲である。
この曲は、テレビアニメの主題歌で、私にとって懐かしく馴染みのある曲だ。ミツキがまだ赤ちゃんのころ、よく歌って聴かせていた。ミツキが右腕を縦に大きく振ったらこの歌を歌うというのが、いつの間にか私とミツキの決まりごととなり、いつでもどこでも歌わされた。幼稚園に入るころにはこの習慣がなくなり、すっかり忘れていた。ところが、最近になってミツキが歌っていたので
「懐かしいね。赤ちゃんのころの歌をちゃんと覚えているんだね」
と言うと、ぽかんとした顔で、運動会のダンスの曲だと教えてくれた。そして
「おれ、ダンスは嫌いだけど、この曲はなんか好きなんだよね」
と言うで、覚えていなくても、やはり潜在的に好きなのだなとうれしく思った。
そして、曲が好きならダンスもがんばるかなと、ほのかな期待を寄せた。
前年の運動会、つまり幼稚園の年長での運動会は、大流行した新型インフルエンザに親子で罹ってしまい、欠席した。
2年ぶりの運動会。ミツキは、どんな成長を遂げているのだろうか。
通用口から覗いていると、児童の隊形が大きく入れ替わり、青グループが見え始めた。そして、通用口の幅にぴったりとはまるようにミツキの姿が現れた。児童は円周上に並び、外側を向いている。
ミツキは、照れながらも一生懸命踊っていた。リズムもあっていて上手だ。自然と涙が私の頬をつたった。ミツキもこちらに気付いたようだった。はにかみつつ踊りながら、誰にも気付かれないよう私に小さく手を振った。
帰宅したミツキを抱きしめた。
「ダンス上手だったからびっくりしたよ。やればなんでもできるんだね」と言うと、
「このあいだね、今までみたいにやらないでいたら、先生に怒鳴られたの。超怖かった。小学校はさ、幼稚園みたいに甘くないの。子ども騙しは通用しないってこと」
「子ども騙し」の使い方が間違ってはいるが、言いたいことはよく分かった。
歌詞の中に『そうさ、100%勇気。もうがんばるしかないさ』とある。ミツキの場合は「観念して、もうがんばるしかないさ」だった。
先生が怖いからでも、好きな歌だったからでも、きっかけはなんでもいい。しっかりと取り組んで、自分はやればなんでもできるのだと自信を持って欲しい。
運動会当日、ダンスをしっかりと踊りきり、かけっこでは初の1位を獲得した。