子育て本

 数字、ひらがな、キッズワーク、歌、お遊戯、縄跳び。どれをとっても私が思い描く子どもの成長とミツキの成長具合とでは、ズレが生じている気がした。年齢に見合った行動を、遊びを通して自然に習得することはなく、興味さえ持とうとしない。無邪気になんでも挑戦するという感覚が無い。常にサポートが必要だが、サポートしたところで一筋縄ではいかない。

「この問題やりたくないな。前にこの問題やったときにママがものすごく怒ったから」

 ある日ワークブックを開いたミツキがうなだれて言った。

 いつも初めのうちは優しく静かに説明しているのだが、説明を繰り返すうちに、つい声を荒げてしまう。最終的には「もういい。今日はここまで」と言ってワークを閉じた。

 私としては怒っているのではなく、悲しくなっているのだが、語気が強くなることには変わりないと反省した。どんな風に接したらミツキの能力を伸ばせるのだろうか。

 このころから、私は子育て本を手に取るようになった。

 明橋大二著の『子育てハッピーアドバイス』シリーズは全巻読破した。自分の普段の言動と照らし合わせながら読んだ。反省するよりもこれでよかったのだと思うことが多く、大変励みになった。

 松永暢史著の『男の子を伸ばす母親は、ここが違う!』には、興味深い記述があった。

「オチンチン力」とは、簡単に言えば、男の子のチョロチョロする能力のことです。余計なことをする力、とんでもないことを思いつく力、普通母親や学校の先生(とくに女性の場合)なら「落ち着きがない」、「目立ちたがり」と見なしていると思います。しかし、オチンチン力こそが男の自主性、自立性、創造性、知性、行動力の源なのです。

 これを読んでからは「只今オチンチン力発動中」と思うと、ミツキの奇怪な行動を尊重できるようになった。

 他にも子育て本は、手当たり次第読んだ。どの本も心温まるすてきな本だったが、私の悩みの根本的な解決のヒントにはならなかった。

 私が知りたいのは、なぜミツキは年齢に見合った行動を、遊びを通して自然と習得していかないのか。どうしてこんなにも不器用で習得に時間がかかるのか、ということだった。

 インターネットで「子育て」や「ひらがな」などのキーワードで検索していたら、「学習機能障害」という初めて聞く言葉が出てきた。「発達障害」のひとつだとある。私はこのとき初めて発達障害の存在を知った。

 今では、テレビで発達障害についての特集が組まれるほど世の中に浸透してきているが、当時(2008年頃)はあまり知られていなかった。

 チェックテストをやってみると、ミツキの言動に当てはまると点が多々あった。ただし、当てはまると言っても、時と場合によってという程度。各項目を「①ない」「②ときどきある」「③しばしばある」「④非常にある」で判断したとき、②と③が約同数で最も多く、④はひとつもなかった。

 よかった。発達障害ではなかった、取り越し苦労だったと、私は胸を撫で下ろしたのだった。

 ところが、少し時間をおくとまた不安に襲われる。本当に発達障害ではないのだろうか。ならば、この育てにくさの理由はいったい何なのだろう。

 いや、そんなことはない。とんでもなく育てにくいという訳ではないではないか。

 そんな不毛な押し問答を繰り返していたところ、ボーダーラインという発想に至った。早速、「発達障害」「ボーダーライン」と検索してみた。しかし、何も出てこなかった。

 最近では「ボーダーライン」でたくさんの検索結果が出てくる。「グレーゾーン」という言葉もある。しかし、当時は何度検索しても見つけることができなかった。

 普通の子育て本を読んでも、発達障害の本を読んでも、ミツキを育てる上での悩みとは何か違う。わかる部分もあるのだが、どこかしっくりこない。

 私の願いは、この先もずっと、ミツキがイキイキと幸せに生きること。

 やりたくないことはやらない、ミツキ。しかし、それが許されるのは子どものうちだけだ。このままでは、大人になったら必ずミツキは苦労する。今のうちに、何に対しても本気で向き合えば、なんでもおもしろくなることを知ってほしい。無邪気に楽しんで取り組めば、たとえ達成までに時間がかかろうとも、結果がうまくいかなくとも、プロセスを自分自身で喜べるようになるだろう。それが、ミツキの自信や自己肯定感につながるはずだ。

 まずは楽しんでほしい。逃げたり、文句を言ったりするのではなく、前向きに生きてほしい。

 ミツキをそうさせる手引き書がほしい。一層のこと「葉野ミツキの育て方」という本があればいいのに。

 春休みに入り、先生に個別相談を申し入れた。園での活動の様子や友だちとの関わり合い以外にも、ミツキの発達状態も確認したかったのだ。

 「ミツキが発達障害なのではないかと心配している」と私が話すと、先生はとても驚いた表情をした。

「みっちゃんは、とてもシャイなんですよね。自由遊びのときは自分を出すけれど、全員での活動ではシャイになってしまう。ただそれだけのことと思いますよ。もう少し様子を見てみましょう」

 個別相談の途中、外出先から戻った園長先生とも話をすることができた。担任から概要を聞いた園長先生は、

「そんなこと心配していたの?大丈夫よ」

と驚きながら言った。

 帰り際、園庭を歩いていると、見送りに出た園長先生が「そんなこと、なんて言ってさっきはごめんなさいね。心配だから相談に来たのよね。あまりにも意外だったから。でも、本当に心配しなくても大丈夫ですよ。これからも子育て楽しみましょうね」

 私としては、むしろ「そんなこと」と言われたことで、一気に悩む気持ちが払拭されていた。

 緑道のつぼみの膨らんだ桜を見上げながら、軽い足取りで家路に着いた。

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