カズくん②

 園庭開放のメリットは、園庭で40分間遊べる以外にもあった。希望すれば個別相談を受けられるのだ。

 カズくんママが、個別相談を受けるのを頻繁に目にするようになった。ダイスケくんママも時折していた。
 カズくんママは、確実にミツキとダイスケくんにターゲットを絞り、溺愛するひとり息子を守るために相談しているようだった。
 ダイスケくんママは、3人の子育てで培った経験を活かして予防線をひいているようだった。

 私も相談すべきか考えた。ミツキが辛い思いをしている、あるいは、一方的に意地悪をしているのであれば、即相談しただろう。しかし、彼は幼稚園を楽しんでいた。
 また、園庭開放中の個別相談では、面談中は園庭で遊ぶミツキに目がいき届かなくなることや、妹のリオを連れていては落ち着いて話せないのではないかと懸念もあった。もう少し様子をみることにした。

 ミツキは相変わらずカズくんから逃げているようだが、逃げないとぶたれるのだから仕方ない。

「ぶたれないように逃げるのは仕方ないんだけど『おばけがきたー』って言って逃げたら、みんなもおもしろそうってなるよ。そうしたら、カズくんがかわいそうになるよ。ぶたないでほしいって気持ちを、しっかりカズくんに伝えないといけないね。だから、『ぶたないでー』って言いながら逃げてみたらいいんじゃない?」

 私自身は元々、群れても群れなくてもどちらでもいい性格だ。ママ友の会話の輪に入っていなくても、ミツキと私の幼稚園ライフに支障はなかった。

 私とミツキは、悪いことはしていない。非がないのなら、取り繕う必要もない。弁明する必要もない。同じ土俵に上がる必要などないのだ。意見を求められたらしっかりと自分の考えを言えるようにしておこう。そう思いながら日々を過ごしていた。

 秋が深まったころ、二者面談が始まった。面談の終わったカズくんママが、近くにいるママ友の輪に入っていく。

「ちょっと聞いてよ。もうビックリなんだけど。今面談だったんだけどね。うちのカズくんてがんばり屋さんだし、何でもよくできるじゃない。だから、どうぞ言ってちょうだいって感じで姿勢正して待ってたらね、先生なんて言ってたと思う? 『カズくんは、ものすごくわがままな子です』だって。耳を疑ったよ。そんなこと言われると思ってもいないし、わがままってどういうこと? うちのクラスで一番わがままな子っていったらシュンくんだよね。みんなもそう思うでしょ? だから、先生に『シュンくんくらいわがままですか?』って聞いたら、シュンくんよりずっとわがままだっていうの。信じられない!」

 私は、少し離れたところにいたのだが、カズくんママの怒りの声は、まる聞こえだった。なんてひどいことを言うのだろうか。シュンくんの名前が出た瞬間、すぐに周りを見回した。シュンくんママがいなくてホッとした。

 シュンくんは、確かに気に入らないことがあると泣いた。泣いて手が付けられないこともあった。ママはそれをとても気にかけていて、一生懸命にシュンくんと向き合っていた。そんなシュンくんママを傷つけないでほしかった。どうかこの話がシュンくんママの耳に入りませんように。

 輪になって話を聞いていたママ友たちも一様に苦い顔をしていた。

 数日後、シュンくんママと帰り道が一緒になった。カズくんの面談での話をシュンくんママから切り出してきたので驚いた。カズくんママから直接聞いたのだと言う。なんて心ない人なのだろうか。
 私は知らなかった話として、ただ聞くことしか出来なかった。

 師走に入り、カズくんは両親の仕事の都合により、園を2週間休んだ。その間カズくんは、ママの実家で両親とは離れて暮しているとのことで、このことは、夏休みの終わりから決まっていたことだったそうだ。

 夏休みの終わりといえば、カズくんが友だちをぶつようになった時期だ。カズくんは、2週間といえど、大好きの祖父母の家に行くといえど、両親と離れることへの不安が大きかったのだろう。
 カズくんママにしても、子どもと一緒に過ごしてあげられない時間を不安に思っていたのだろう。
 そんなとき、ミツキがカズくんから逃げるようになり、親子ともに怒りと不安を募らせたのであろう。
 カズくんママは、「今日は幼稚園で嫌なことがなかった?」と毎日問うようになったそうだ。

 カズくんが幼稚園を休み始めてしばらくすると、「ミっちゃんママ、一時期は大変だったね」と労いや励ましの言葉をかけられるようになった。

 春休みに入り、私は先生に個別相談を申し入れた。二者面談は時間が限られているので、幼稚園でのミツキの様子を聞くだけに留めていたのだ。カズくんのこと以外にもゆっくり相談したいことがいくつかあったので、子どもたちを実家に預けて相談に挑んだ。

「カズくんのお母さんから何度も相談がありました。ダイスケくんのお母さんも相当心配していましたよ。なのに、渦中のミっちゃんのお母さんから何も言ってこないから、職員一同とても心配してたのよ。
 カズくんのお母さんとは何度も話し合いました。心配だからと言って、子どもに幼稚園で嫌なことがあったか、という聞き方をしないことを理解してもらいました。子どもは母親の気を惹こうとして、話がエスカレートしてしまうこともあるの。楽しいことがあったかを聞かないとね」

 子育ては奥が深い。愛するが故に陥ってしまうこともある。どの親にもその可能性はあるのだ。明日は我が身と、肝に銘じなくてはならないと思った。

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