ハマグリ焼きと子育て

 家族旅行先の食堂で、天然ハマグリ焼きを人数分注文した。目の前の網の上であぶられたハマグリは次々とぱかっと口を開けた。ところが、私のハマグリだけピクリともしない。私は店員を呼び止めた。

「大丈夫ですよ、お客さん。ハマグリにも個性があってね、なかなか開かないのもいるのよ。でも、味はみんな一緒。おいしいわよ」

 店員がそう言い終わるころには私のハマグリもしっかりと開いていた。

 私は店員の言葉にハッとした。ハマグリ焼きひとつとっても私はいつも周りと比較してしまう。それは私の子育てにもいえることだった。

 子育てに比較は禁物である。どうしても比較したいのなら、その子の半年前・一年前と比較すべきなのだ。

 焦らず、個性を見守っていこう。

 そう思っていても、分かっていても、ついつい比べたくなってしまう。

 ミツキのできないこと、でも周りの子どもたちは当たり前にやってのけてしまうこと。そんなことが次から次へと、見たくもないのに目に飛び込んでくる。

『なんでミツキは、できないんだろう。やらないんだろう。やろうとしないんだろう』

 私は、そんな思いが湧きあがってくると、その思いを払いのけようと頭を振り、手で頭の上をササッと払う。思考を一旦止めても悲しい思いだけは残るので、深いため息をつく。

 私が結婚前に働いていた会社の先輩は、子育ての先輩でもある。退職後も交流があり、よく子育ての話をする。

 先輩には、ミツキより3歳年上の娘さんがいる。私がつい周りの子どもと比べてしまって気が滅入るとこぼすと、先輩も大きく頷いた。

「うちの子の幼稚園になんでもすぐにできちゃう子がいるんだよね。その子をお手本にして他の子どもたちも、あの子みたいにやってみたいってなるの。で、みんなどんどんできるようになるんだけど、うちの子はなかなかできなくて。縄跳びブームのときは、幼稚園から帰ると夕方忙しい時間なのに、毎日公園で練習に付き合ったよ。毎日泣きながら練習して、やっと少し上達したと思ったころには、他の子はもっとすごい技をやっていたり、別の新しいブームが来ていたりでね。一向に追いつかないの。私も、初めのうちはそれを見ていてヤキモキしていたんだけどね、あるとき吹っ切れたのよ。何でもすぐにできちゃう子に世の中の『何でもすぐにできます部門』はお任せしちゃおうって。世の中にはきっと『何でもすぐにできるから見えてくる世界』と『ゆっくりできるようになるから見えてくる世界』があると思うんだよね。うちの子には『ゆっくり部門』できっと活躍の場があると思うのよ」

 この日以来、この「ゆっくり部門」という言葉は、私にとって心を落ち着かせる魔法の言葉となった。

 なかなかうまくいかないからこそ、同じように苦しんでいる人の気持ちが分かる人になれるんだ。

 そしてそういう人を助ける側の人に、ミツキがいつの日かなれますように。

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