続・ひらがな苦行

 ひらがな五十音をたったの10日で制覇したので、私の気分は上々。さっそく実践だ。エリック・カール著の『はらぺこあおむし』を持ってきた。

「ミっちゃん、これは何」

「あ」

「すごいね、読めたね。じゃあ、次は」

「お」

「そう、お、だね。じゃあ、次は」

「む」

「あたり。次は」

「し」

「すごいね、全部読めたね」

「じゃあ、今読んだ文字はなんて書いてあったかな」

「・・・」

「最初の方忘れちゃったかな。もう一度読んでみよう」

 これを10回繰り返したが、続けて「あおむし」と読むことができず、初戦敗退。その後、日を改めて数日がんばったが、事態は一向に進展しなかった。

 いったいどういうことなのだろう。ひらがな1文字1文字を読むことが出来るにもかかわらず、続けて読み上げることができない。単語の意味も理解できない。

 ミツキにとって「あ」は「あ」と発音する記号にしか見えないということなのか?

 「はらぺこ」の方ではなく、絵が描いてある「あおむし」の方を読んでいるのだから「あ」「お」「む」「し」が「あおむし」に直結したっていいと思うのだが。

 百歩譲って、記号にしか見えなかったとしても、これだけ毎日毎日「あおむしあおむし」と言っているのだ。このさい、もう暗記でいいから「あおむし」だと言ってくれ!

 赤ちゃんのころからこの本を散々読み聞かせてきたのだ。読めなくても表紙を見た時点で「あおむし」くらい言ってくれてもいいじゃないかー!

 4文字は長いのかもしれないとも思った。

「りんご」「なし」「すもも」「いちご」全滅。

 文字は記号であるが、それを組み合わせると言葉になる、という言語の概念を理解できないようだった。さらに、1文字目2文字目と読み進めるうちに、初めの方の記憶がなくなってしまうようだった。再度読み直したところで、また忘れていってしまう。極端に記憶力が悪いということなのだろうか。

 普段の生活では、記憶力が悪いと感じたことがなかった。むしろ記憶力は良い方だと思うのだ。

 毎日単語と絵の関連付けを徹底したが、効果は上がらなかった。覚える気が無く、ミツキの目は虚ろだった。私の怒りが爆発しそうになって「今日はここまで」と、かなりキレながら絵本を閉じる日々だった。

 ある日プレ幼稚園で、女の子たちが手紙交換をしているのを目にして、ミツキがやる気を出す方法を思いついた。「ばあばにお手紙大作戦」だ。

 数字を覚えるときにも「じじばば電話大作戦」をしたではないか!効果のほどは置いておいて、とりあえず挑戦だ。

「ミっちゃん、ばあばになんて書こうか」

「えっとねー、ミっちゃん、ウルトラマンの人形が欲しい」

 案の定、おねだりだ。義母には申し訳ないが、ミツキが楽しみながら文字を覚えるにはもはやこれしか方法がない。

 「読む」のに苦労するのだから、当然「書く」も苦労の連続だ。「ばあば、こんにちは」と書くのに30分以上かかる。お手本を見ながら書いているのに、文字の形がきまらないのだ。「あ」がどうしてもうまく書けない。くるんと曲がる文字は、難しい。自力で書かせるは無理と判断。私が薄く下書きをしたものをなぞることにした。

 なぞるのも難しく何度も書き直したが、おねだりがミツキのモチベーションを支えた。

 ばあばから返事がくるとミツキは大喜び。絵本は自力で読む気が出ないが、手紙にはウルトラマンの人形についての返事が書いてあるので興味津々だ。

「こんにちは おてがみ ありがとう」

 ばあばの手紙は、文節ごとに一文字分空いていてとても読みやすかった。

「ミっちゃん、読んでみて」

「う、る、と、ら、ま、ん」

「ここまでなんて書いてあった」

「えーっと、うるとらまん」

「すごい、そうだね、ウルトラマンだね」

 読興味を持てば何でもできる!

 ばあばの手紙は文字の大きさ、書き方、内容のすべてがすばらしかった。特に内容は秀逸だった。ウルトラマンの種類やどこで売っているのかなどミツキへの質問が書かれていて、読みたくなる、そして、返事を書きたくなる。こうしてミツキとばあばとの文通が始り、半年ほど続いた。

 絵本は読めなかった、いや、読まなかったが、ばあばの手紙は進んで読んだ。興味の有無でここまで差が出るかと呆れずにはいられない。

 なんか育てにくい子だな。そんな風に思うことが今まで以上に多くなった。

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