ワーク苦行
ミツキは、2歳から某通信教材を購読していた。2・3歳児用では、DVDや絵本やおもちゃが届いていたが、4歳児用からは、さらに幼児向けのワークブックが加わった。
ワークの内容は、数字の書かれた黒点を順に繋いで絵を完成させる遊び・間違い探し・迷路などだった。それらは、子どもが楽しみながら遊びの延長としてやれる構成となっていた。
しかし、ミツキと私にとっては苦行でしかなかった。
たとえば、数字の書かれた黒点を順に繋いで絵を完成させる遊び。「1、2、3・・・」と声に出しながら点を繋いでいくうちに自然と数字を覚えてしまう仕組み。のはずが、何度も何度も粘り強く繰り返したが、一向に覚えられない。次の数字は一番近くにあるのに、まったく気付かない。まるでヤル気が無く、ミツキの目はいつも虚ろになった。
そこで私は「じいじ、ばあば電話作戦」を決行。ことあるごとに、じじばばの家に電話を架けるうちに数字の形を覚えるだろうという算段だ。ご褒美はじじばばとの電話での楽しい時間とおねだりタイム。ミツキは、興味のないことは一切やらないので、興味を他にそらせる必要があった。
「みっちゃん、最初は0ね。0押してみて」
「えーと、えーと」
「0はこれだよ。まあるいの。これだよ」
ピッ
「次は9」
「えーと、えーと」
「9は棒付あめ。これだよ」
ピツ
「はい、次はもう一度0。最初に押したのどれだったっけ? わかるかな?」
「えーと、えーと、えーと・・・・・・」
ツーツーツーツー(時間オーバー音)
びっくりするほど、信じられないほど、なんど同じ数字が出てきても覚えることができなかった。
1~9までを習得できるまで、半年かかった。
10以上の数は、19までくると次が出てこなかった。29の次も39の次もその先もずっと出てこない。
初めのうちは穏やかに教えていても、どうしても怒りに変わってくる。
「は~、なんで出来ないんだ? はい、今日はもうやめ」
私が限界を迎えて毎回終了。途端にミツキの目に輝きが戻る。なんなんだ、こいつ!
迷路では、太い線をスタートからゴールまで鉛筆でなぞることで運筆の練習になる。鉛筆の持ち方は悪くはなかった。しかし、幅2センチもの太さの線をはみ出さずに進めることができない。短い迷路にも関わらず数センチで「うわあ」と集中力が切れて、ぐしゃぐしゃぐしゃということになった。
間違い探しは、最大の難関だった。明らかに左右のページで違う絵なのにまったく気が付かないのだ。ひとつくらいは見落としてしまいそうな細かい違いもある。しかし、それ以外は、ものすごく分かりやすい違いなのだ。同じ位置にいるのが別キャラクターであったり、傘をさしているかいないかであったり。
「じゃあね、左上の方だけ注目してみようか」
「ああ、近い近い。はい、そこ」
結局ほぼ教えている状態になる。自分で探せてこそ楽しいゲームなのだ。その楽しさを味あわせたくて、全部の場所が分かった時点でもう一度挑戦された。
「じゃあ、今度はみっちゃんひとりで探して、ママに教えてほしいな」
「うん、わかった・・・あれ、分からなくなっちゃった」
色問題も深刻だった。例えば左右で風船の色が違うとき。
「右の風船の色は何色かな?」
「茶色」
「えー、どう見ても赤じゃん」
「じゃあ、左の風船は」
「茶色」
「緑だよー」
ミツキに色を聞くと大抵「茶色」と答えた。しかし、黄色だけは異常に好きで、手に取るものはいつも黄色だった。
ワーク1か月分は見開きで15ページだったので、1日おきに困難が訪れた。しかし、私は諦めなかった。いつか楽しくできる日がくると信じて。
ミツキも「やりたくない」とは言わなかった。ミツキは、何事に対しても「やりたい」も「やりたくない」も言わない。
4歳になって体力がついたミツキは、昼寝をしなくなっていた。1日中外で走り回って遊んだ日であっても元気いっぱいだった。
しかし、ワークを見開き1ページ、約30分間やった後は、3時間死んだように眠った。脳の酷使が原因だろうか。