ミツキ1%

 プレ幼稚園の運動会が秋に開催された。週3日コースと週2日コースの園児の合同運動会なので、参加人数は100名ほどだった。

 子どもの初運動会ということもあり、どの家庭もビデオカメラを持つ手に力が入っていた。

 ミツキは相変わらず集団行動拒否をし続けていた。そのわりには、園に通うことを拒まないミツキを不思議に思うと同時に、彼なりにがんばっているのだなと認めてもいた。というのも、ピンクグループの色白イケメンのリョウ君は夏休み明けには辞めてしまっていたのだ。リョウくんはお迎えのときいつも泣いていた。ミツキにリョウくんのことを聞くと、ずっと泣いていて誰ともしゃべらないとのことだった。

 運動会が始まった。

「ミっちゃんはきっと踊り上手だと思うの。だから恥ずかしがらずに踊ってみてね」

「・・・・・・」

 THE 無言を決め込むミツキを送り出す。観客席で親と一緒にいた園児たちが、一斉にフィールド内にいる担任の先生の元に駆け寄る。ミツキの傍にはサブのアヤメ先生がいた。園児たちが手を繋いで大きな輪になる。ミツキのいる場所を捉えて私もビデオカメラを掲げる。

 約100名の大きな輪ができると園児たちは手を放した。音楽が流れてお遊戯が始まるのだろう。ところが、なぜか一向に音楽は流れない。園児たちの何人かがキョロキョロし始めたのを先生方がなだめていく。

 すぐに音楽が流れると思っていたので、こちらはすでに録画を始めていた。テープが無駄になるので止めようと思ったその瞬間、恐ろしい光景をビデオカメラが捉えた。

 ミツキが左手をベロンベロンと舐め始めたのだ。オエッとなりそうなくらい手を口に入れている。ミツキの左隣はリンちゃんだ。

 パパも気付いたようだ。

「ミツキやめろ。ママは、カメラを止めるな!

「やだ~。この体育館のどこかにリンちゃんのお母さんもいるはず。見ていたらどうしよう」

「幸いリンちゃんは、気づいていないようだ」

「ミっちゃん、もうやめて!」

「ミツキ、やめるんだ!」

 私たちの強い念が届いたのだろうか。ミツキは体操着の裾で手をぬぐった。音楽が鳴り始め、お遊戯が始まった。ミツキがフリーズしているのに気付き、アヤメ先生がすっとんでくる。周りの子は腕を上げたり下げたりしながら、前後左右の簡単なステップを踏んでいる。ミツキは、アヤメ先生のアシストにより、両隣の子にぶつからないように左右のステップのときだけ5センチくらいで動いていた。

 辛くて見ていられない気分だったが、ビデオカメラは止めなかった。いつか、このビデオを観て「こんなこともあったね」と笑いあえる日がくることを願い続けながら。

 その後のかけっこも障害物競争も散々だった。逃亡はしないものの、すぐにフリーズしてしまう。アヤメ先生は常に両膝を付いてミツキの傍にいてくれた。アヤメ先生にお詫びと感謝の気持ちを込めて、厚手の膝サポーターをあげたいと思った。

 辛い。なんだ、これは。いったいこれはどういうことなんだ。ミツキは「運動会が楽しみだ」とは言っていない。しかし「やりたくない」とも言っていない。むしろ機嫌よく家を出てきた。これはいったいどういうことなのだろう。ミツキの心が分からない。

「ねえパパ。100分の1だったね。ミツキみたいに一切運動会に参加しない子は、他に誰ひとりいなかったね」

「そうだな。確かに100分の1だったな」

 運動会は昼前に終了。私たちが悶々とする中、ミツキが戻ってきた。

「ママ、今日のお昼どこで食べていくの?」

 ミツキの開口一番の言葉に驚愕した。こんなにも私たちが打ちひしがれているというのに、このぶっ飛んだ空気読めない発言を何とかしてくれと呆れる。

 ミツキよ、もしかしてキミは、運動会終わりの外食のことだけを考えながら、この運動会の時間をただやり過ごしていたのかい? 本当はそう聞きたかった。

「ミっちゃんは今日の運動会どうだった?」

「・・・・・・」

 THE 無言。まあ、そうなるでしょうね。

 ならば、私はどうするか・・・

「ミっちゃん、逃亡しなかったね。ずいぶんお兄ちゃんになったね。がんばったと思うよ。今日はお外でごはんは食べないよ。お弁当買っておうちでゆっくり食べようね」

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