習い事漬け

 2歳半になったミツキは、毎日忙しかった。親子スイミング・親子体操・親子英語・児童館たんぽぽ広場。

 英語教室以外は、児童館での仲の良い友だちと一緒に入った。ちなみに、ミツキ以外の3人の男の子もみんな第一子。どのママもヤル気に満ちていた。

 家を出るとき「今日は○○教室だよ」と声をかける。嫌がることなく元気に出発。どの教室にも少し早めに着く。すぐさま私の手を振り払い、自由に遊ぶ。ひとりで黙々と遊ぶこともあれば、友だちと関わることもある。2歳半ともなると遊びの中でお友だちとの関わりが増えてくるので、ときにはおもちゃの取り合いで互いに泣くこともあるが、仲良く遊ぶことも多く、見ていてほほえましかった。

 しかし、ここからが問題。時間になり先生が入ってきた途端、ミツキの表情が一転し、無表情になる。私の元に走ってきて、膝の上で固まってしまう。どの教室も親子でやるものばかりだったので、先生の指示に従い、ミツキの手を取って無理やりやらせようとするが、完全なる操り人形状態だった。

 体操教室では、平均台や跳び箱などで多少の順番待ちが生じると、すかさず裸足のまま体育館を飛び出し、逃亡を図る。私も裸足で追いかけなければならなかった。

 スイミング教室では、両腕にヘルパーを着けて、水を怖がることなく楽しげに浮いていた。水しぶきが楽しいようで、バシャバシャと水面をたたいてはしゃぐ姿は、かわいらしい。常に水中にいるので逃げ場もなく安心だ。先生の指示にも比較的素直に従い、ときには先生の目に留まることもある。

「ミっちゃん上手。もう一回やって」

 こんなとき、他の子どもは先生に褒められてうれしそうにする。ところがミツキは、白目をむいて仰向けにプカッと浮いて水死体化する。

「ミっちゃんは、どうして先生が教えてくれることをやらないのかな。やってみたら楽しいんだよ」

と何度となくミツキに問いかけたが、いつも無反応だった。

「やりたくないなら、もうお教室やめようか」

と言うと、それに対してはいつも首を振った。

 おそらくミツキの目当ては、自由時間と友だちとのお弁当タイムだったと思う。その時間のミツキは実に楽しそうだった。

 ミツキには「習い、それに親しみ楽しむ」という感覚はない。広い空間で自由に走り回る。それがミツキのしたいことだった。

 だからなおのこと、親子英語はひどかった。

 教室に入るなり私の膝の上で固まる。40分の授業中ずっとだ。子どもを膝の上に乗せて、テキストを一緒に見ながら歌ったり、手遊びをしたりするので、それほどミツキだけ悪目立ちするわけではないが、明らかにやる気のなさは伝わる。

 授業の後半は、動作が大きくなるので辛くなってくる。中でも一番辛かったのは、参加者全員で手をつなぎ、輪になるときだった。「turn around do it」と歌いながらみんなで回転する。操り人形ミツキを左腕で抱えながら、右手は隣りの子どもと手をつないで回った。

 英語教室には、ミツキを含めて6人の子どもがいた。6組の親子と先生の合計13人が10畳ほどの空間にいる。それだけでミツキにとっては苦痛だったのだろう。

 1か月(4回)通った時点で、このまま続けていていいのか不安に思った。先生に相談すると「まだ始めたばかりだから。そのうち慣れてきますよ」と、予想通りの答えが返ってきた。そう言ってもらいたかったのかもしれない。

 ミツキの他にもう1人男の子がいて、その時点では、その子も積極的に楽しんでいる様子ではなかった。4人の女の子もおとなしい子が多く、ノリノリとまではいかなかった。

 すぐにやめなかったのは他にも理由がある。入会金が高かったのだ。入会前の無料体験教室では、ミツキの反応が意外とよかった。英語が大の苦手な私は、幼児期から英語をやっておけば私のようにならないで済むのではという期待感があった。そこに「1週間以内に入会の方は、入会金半額」の文字が目に飛び込んできて、即入会してしまった。入会金半額と言っても5万円も支払ったのだ。そう簡単にはやめられない。

 英語教室は、私にとって苦行のようなものだった。辛いがこれをまっとうしたとき、道がひらけるに違いないと自分を励ました。

 一方ミツキはというと「辞めたい」とも「今日は行きたくない」とも言わなかった。私も敢えて尋ねはしなかった。私が「英語教室の日だよ」と外出を促すと、ミツキは何も言わずに付いてきた。

「みんなと同じようにミっちゃんにも楽しんでもらいたいな」というと「わかってるよ」と言う。しかし、やらない。それどころか、慣れれば慣れるほどやらなくなった。

 ミツキは「turn around do it」が始まると、決まって輪の中心で大の字になって寝転ぶようになった。ミツキのために中断するわけにはいかないので、私はみんなの輪に加わり、みんなと一緒にミツキの周りを回る。輪からミツキが抜けることによって「子ども、大人、子ども、大人」の順番の規則性が崩れ、私のところだけ「大人、大人」で手を繋ぐ。気まずい。

 私がこんなにも辛い気持ちでいることに全く気付かないミツキは、教室から出るといつも猛ダッシュで近くにあるガチャガチャに駆け寄り、『きかんしゃトーマス』のグッズを欲しがる。

「真ん中で寝転んでる子には、トーマスは買ってあげられないよ」

「次はやる!」

「じゃあ次にちゃんとやったら買ってあげるね」

 毎度これの繰り返しで、結局買えず仕舞い。

 ある日の帰り道、自転車の前座席に乗ったミツキの後ろ姿を見ていたら、ふと殺意がめばえた。

『子どもの首って細いんだなあ』

 いかん! いかん! 私はかぶりを振った。

 どの習い事もまじめにやらないミツキ。他の子はみんな楽しげに積極的にやっているのに。ミツキに習い事は意味がない。限界だ。自由気ままが一番幸せな子だ。無理に何かやらせることは、辛いだけ。子どもの気質を無視するのは、親のエゴでしかない。

 そんな折り、私は第二子を妊娠した。すべての習い事をを辞める口実ができた。さまざまな感情が混ぜ合わさり、喜び倍増だった。

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