ミツキ、パチパチ

 児童館デビューは、生後8か月目だった。家の近くの児童館で毎週木曜日の10時半から始まる「ピヨピヨ広場」という会に参加した。早めに行って自由に遊ばせる。時間になると児童館の先生がやって来て、先生のお話を聞いたり、子育てについての座談会をしたりした。

 児童館に着くとミツキは、得意のズリバイで元気に這い回った。家にはない珍しいおもちゃに興奮していた。

 ピヨピヨ広場は0歳児の会なので、だいたい同じくらいの月齢の子どもが多かった。参加人数は日によるが、10組程度。まだ友だちと関わる月齢ではないので、どの子もハイハイやズリバイで気になるおもちゃに突進していった。中にはおもちゃを意気揚々と自分のママのもとに持ってくる子もいて、受取ったママは「戦利品だね」とうれしそうにしていた。

 児童館デビューまでは、成長の目安は雑誌の活字で知るだけだったが、児童館に行くと他の子どもを実際に見て発達具合を知るようになる。

 ミツキより後に産まれた子はお座り、先に産まれた子はよちよち歩き、日にちの近い子はズリバイ・ハイハイ・つかまり立ち。まわりの子ども達の成長を見ながら互いに喜び合った。

 ある日の座談会で、ミツキより1週間ほど早く産まれた女の子のママが「パチパチができるようになりました」と言った。お座りやつかまり立ちができて、体をある程度思い通りに動かせるようになったので、試しにパチパチを教えてみたところ、すぐに真似たそうだ。

 私はかなりの衝撃を受けた。パチパチが、教えるからできるようになる動作だったとは知らなかったのだ。他のママたちも同じように思ったらしく、みな口々に「うちも教えてみよう」「いろいろ芸ができるようになると楽しいよね」などと言っていた。

 家に帰った私は早速「ミっちゃん、パチパチ」と言って、ミツキの顔の前で拍手をしたが、ミツキはぽかんと見ているだけだった。今度はミツキを膝に乗せ、手を持って無理やり動かした。まったく腕に力が入ることなく、されるがままである。脈絡なくやらされても意味が分からなければ仕方がない。

 そこで、つかまり立ちや伝い歩き、離乳食をいっぱい食べたときなどに「すごいね。パチパチ」と言葉と動きを合わせてみた。すると、「すごいね」という言葉には誉められてうれしい表情をした。しかし、パチパチの動作に対しては無表情でじっと見ているだけだった。

 保健所の職員が生後9か月対象の訪問健診に来た。身長体重、発達具合を診てくれて最後に心配事がないかと相談にものってくれる。

 パチパチ芸のことを聞いてみると

「芸だなんて。犬じゃないんだから! やりたくなったらボクだってやるよね」とミツキに言った。

 おっしゃる通りですと反省。私は何を躍起になっていたのだろう。単なる親のエゴじゃないか。

 その後は、日常の生活の中であくまでも自然に、上手にできたことを拍手でたたえた。

 ある日の夕方、私はキッチンで夕飯を作り、ミツキはリビングで遊んでいた。やけに静かなので心配になりそっと覗いてみると、ミツキはパチパチの自主練習をしていた。左右の手を合わせたいのだが、うまく合わせられずに腕が交差してしまう。乳児にとってパチパチとはこんなにも難しいことだったのか。とても意地らしく思えた。

 ミツキのそばに行き「ミっちゃん、パチパチの練習してたの?」と聞くと何事もなかったようにシラッとしていた。その後はもう練習風景は見られなかったが、10か月目、ついにミツキがパチパチを初披露。

「ミっちゃんすごい。パチパチ上手だね」

 ミツキは、誇らしげにひたすらパチパチし続けた。

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